WITH YOU

「安心しろ、俺たちもいるぞ」
懐かしい声がした。力強くて、でも優しい・・ 
誰よりも愛しいあの人の声―――


アンジェリーク達が、アルカディアという地にやって来たのはつい先日のことだった。
突然の事態に混乱さえしたが、皆の努力のお陰で、その解決策は見えて来た。
先程の研究院の主任エルンストからの報告によると、この地を活性化させることにより、封印されしものを開放することが出来るらしい。
だかそれには、自分の力が必要なのだと――
自分だけに聞こえる助けを求める声。その主は誰なのかわからない・・・・
けれど今は頑張るしかない。 そうしなければこの大陸と共にすべてが消滅してしまうのだから――
アンジェリークは、責任感に押しつぶされそうになりながらも、歯を食いしばり、必死にその現実を受け止めた。
そうすることが出来たのは、アンジェリークの心に明かりを灯す、ある一つの存在があったからだ。
再び巡り逢えた―― 決して重ならない  違う時を生きていくのだと、そう覚悟していた人に・・
ヴィクトール様・・・ 涙さえ枯れ果てる程に呼び続けた名前。
でも今彼はここにいる。あの時のように自分の傍にいてくれる。それだけで強くなれるような気がした。
女王なのに・・こんな感情に左右されるなどいけないことだと知っていても、止めることなど出来ない想い。
「きっと大丈夫。頑張らなくちゃ。見守っていてくださいね・・・・ヴィクトール様。」
アンジェリークは自分に言い聞かせるようにそう呟いた。


同じ頃、ヴィクトールは自分には立派過ぎるほどの館で、何度となく大きなため息をついていた。
想うのはアンジェリークのこと・・ 女王といっても、まだ17歳の少女だ。
あの折れそうな細い肩にのしかかるものは大きすぎる。
故郷の星を救う辛い日々も終わり、やっと平和が訪れたというのに・・
何故あの子に、こんな試練ばかりあるんだ。
ヴィクトールはひざの上で握り拳をつくる。
再び巡り逢えた―― 二度と逢えない 決して辿り着くことのないはずだった人に・・
だが―― また、繰り返すのか・・・同じ痛みを、同じ別離を。
嬉しいはずなのに、ヴィクトールの心には行き場のない思いが渦巻く。
おまえのことだ、無理をしてでも立派に事を成し遂げるだろう・・・そう、あの時のように。
そしてまた飛び立っていくんだな。届かん程遠くへ・・・
俺はただ見守るしか出来ないのか・・・
おまえは今、どうしている?泣いてはいないか
ヴィクトールはあの日の涙を思い浮かべた。ただ一度だけこの腕の中に抱いた、その時の哀しい瞳を・・
思い出せなかった、笑顔さえも・・ただ泣き顔しか――
この三年間悔み続けてきた。だがどうすることも出来なかった。
おまえは宇宙を導く女王。それは代えがたい事実―― 
「アンジェリーク・・・」
内気な少女の名を呟く。強がりばかり半端でない、その細い肩先を案じながら――


育成が始まり一月が経った。幸運度も順調に伸びている。アンジェリークは予想以上の頑張りを見せたのだ。
さすがは、選ばれし女王だと誰もが絶賛していたが、ここに一人その身を案ずる者がいた。
最初の定期審査の日、ヴィクトールは目標値はるかに上回る数値を告げると共に「空のかけら」をアンジェリークに手渡した。
彼女は満天の笑みでそれを受け取る。しかし、ヴィクトールは気づいていた。その笑みに隠した見えない涙に――
アンジェリークは、誰と親しくなるという事もなく、ただひたすら育成と学習に励んで来た。
ヴィクトールとは学習以外特別な話もまだしていない・・お互い想い合っていても私情をはさむことはなかった。


そんなことが1月続いていたが、二日後の月の曜日。
ヴィクトールは早朝からアンジェリークの私室へとやって来た。誘うのは初めてである。毎日頑張る彼女に対し、きっかけを掴めずにいたが、今日こそはと、そのドアを開いた。
「朝早くからすまんな。だが今日はどうしても、おまえを誘いたくて来た。毎日育成ばかりでは参ってしまうからな。一つ息抜きに出かけないか」
アンジェリークの顔がほころぶ。それはここへ来てから初めて自分だけに見せた、はにかむ少女の笑顔だった。
二人が足を運んだ天使の広場は、今日行われるという雪祈祭で賑わっていた。
「アルカディアの人々の平和な暮らしは今後の俺達しだいなんだな。」
ヴィクトールは辛い状況だが頑張れとアンジェリークに言葉をかける。それに答える彼女の顔も明るい。
しばらく広場を回っていると、小さな人だかりを見つけた。どうやら今年一年天使のご加護を受けられる幸運の色を占っているらしい。
「青緑か。おまえの瞳の色だな。今年一年幸運に恵まれるようだぞ・・・・  ん? あれは。 すまないが少し待っててくれ」
アンジェリークは、しばらくそこで待っていると、ヴィクトールから小さな何かを手渡された。
「待たせたな。実はコレを見かけておまえにどうかと買ってきたんだ。おまえの瞳と同じ色のペンダントだ。これを身に着けているといい」
「え?でもこんな高価なもの・・・」
「いいから、貰ってくれないか」
少し照れたようにヴィクトールは言うと、アンジェリークは嬉しそうにそのペンダントを首につけた。
降臨祭の始まりを告げる鐘の音が高らかに響く―――
二人はそこで思い出話をした。しかし、あの日のことにはふれないまま・・


しばらくすると、突然空から白い雪のようなものが舞い降りて来た。
「!とうとう雪が降ってきたか。寒くはないか。遠慮せずに俺の服の中へ入るといい」
ヴィクトールはそう言うと上着を広げ、アンジェリークを懐に包み込んだ。何度か彼はこうして自分を温めてくれたことを思い出し、アンジェリークは頬を染める。
「・・・おまえは暖かいんだな。舞い落ちる雪の冷たさからおまえをかばってやるつもりだったが、かえって俺の方が温かい思いをしているようだ」
・・・ううんヴィクトール様の方がずっと温かいです。そう言おうとしたが、ドキドキしてしまって声にならなかった。
「こうしていると心の中に積もった雪もおまえという温かい光のおかげでゆっくり溶けていくような気がする。まるで懐の中に小さな春の日差しが入ってきたようだな・・・」
これはヴィクトールの言葉なのか・・・そう思いながらも、うっとりとその胸にもたれ掛かった。懐かしい彼の体温で、自分の心に積もっていた冷たい雪も、溶けていくのを感じながら――
つかの間の楽しい時はあっという間に過てしまった。
「今日はお前と一緒で本当に楽しかったぞ。久しぶりに晴れ晴れとした気分になった。またおまえとこうして出かけられたら嬉しいんだかな・・」
私室まで送ってくれたヴィクトールは何気ない言葉を残しただけで、部屋を出て行った。
お礼もろくに言えぬまま、しばらくそこに立ち尽くすアンジェリーク・・・
「私は何を期待していたの?」
体に残るヴィクトールの優しいぬくもり・・もう一度感じたくて両手で自分を抱きしめてみた。
けれど、ふいにあの日と同じ痛みが胸を貫く。
離れていたくない!強い想いがアンジェリークの足を愛しい男の元へと走らせる。
自分には信じられないほどの行動力・・のはずだった―――


館へ戻ったヴィクトールは明日からの学習に備え、書類を調えていた。胸に残る小さなぬくもりを思い出しながら・・
そして、俯き首を振る。
「肝心なことをまた言えなかったな・・」
彼女が学習に訪れるたび、喉まで出掛かっていた言葉。
何を迷うことがあるんだ。今おまえは俺の手の届くところにいるのに。


その時、控えめにノックをする音がした。普通だったら聞き逃してしまうほど小さなその音に、ヴィクトールはある確信を持ってドアを開ける。だが、そこに姿はなかった。微かに残る柔らかな空気・・
アンジェリーク・・・・?
彼女を探す。屋敷の入り口あたり、暗闇の中に走る栗色の髪を見つけると、ヴィクトールは駆け寄った。
「アンジェリーク!!」
振り返る間に、その華奢な体を思わず抱きしめた。
「何故黙って帰るんだ」
「ヴィクトール様・・・あ、あの。ごめんなさい」
腕の中で戸惑うような声。肩が震えているのは寒さのせいなのか・・・。
「アンジェリーク。どうした。何かあったのか?」
つい先程部屋まで送り届けたばかりだというのに、再び自分に会いに来るなどよほど何かあったのだろう。心配になりヴィクトールは聞く。
「ペンダントのお礼を言いたくて・・・・」
昼間買ってやった青緑の石のペンダント。抱きしめていた体を離すと、彼女は大事そうにそれを握り締めていた。
「そ、そんなことのために来たのか?」
「はい・・・でもやっぱりご迷惑だと思って・・・」
内気な少女がどんな思いでここまで来たのか・・どんな気持ちで帰ろうとしたのか・・・・
ヴィクトールは、もう一度聞く。
「本当にそれだけなのか・・・?」
「え・・・」
ヴィクトールの瞳がアンジェリークの瞳を捕える。苦みの含んだ眼差しで――
「どうしておまえはそうなんだ?いや、それを言うなら俺の方かもしれんな」
ふっと目をそらし、上着をアンジェリークの肩に掛けてやる。
「こんなに冷えて・・とりあえず俺の部屋へ来い」
ヴィクトールは、手袋をはめていてもわかるほど、冷たくなった彼女の手を引いた。


いつも学習で訪れる部屋の奥に、また一つ広い部屋があった。リビングルームの中に小さな厨房があるそこは、ヴィクトールらしく殺風景だが、機能的に整えられていた。
「適当に座っててくれ。今温かい茶でも入れるからな」
そばにあったソファーに腰を下ろしていると、落ち着いた香りがしてきた。
「リュミエール様に頂いたハーブティーだ。温まるぞ」
しばらく黙ったままお茶を飲む二人――


ヴィクトールが恋しくてただ来てしまったが、今は後悔していない。またこうして彼といられるのだから・・・
アンジェリークは向かいに座るヴィクトールの手元を見た。手袋が外されている。人前では決してしないと知っているその行為。彼は今、自分に心を許してくれているのだろうか・・・・


「その、昼間は言えなかったが、おまえはよく頑張っているな。立派だぞ。・・・だが、おまえは責任感が人一倍強いからな。無理をしているんじゃないかと心配なんだ。独りで抱え込むのはよくないぞ」
ヴィクトールが話し出す。いつものように、自分を気遣う言葉が嬉しくて、アンジェリークは素直に答えた。
「大丈夫です。確かに大変なこともありますけど、女王として自分に出来る精一杯のことをしてるだけですから。いえ、そうしたいんです。大切な皆様や、この大陸のために・・ 何より、皆様がここにいてくださいますから、頑張れるんです。」
優しさの中に意志の強さを感じるしっかりとした言葉。臆することのないまっすぐな瞳。それに幾度救われてきただろう・・・
――― だかそうやって隠してしまうんだな辛い思いを ―――
「・・・やはりおまえは選ばれし女王なんだな」 
どこか寂しげな微笑を浮かべ、ヴィクトールはぽつりと呟いた。
「・・・・」
―――ヴィクトール様がいてくださるから・・・今の私が在るんです ―――
その言葉は言えなかった。
またしばらく沈黙の時間が流れる・・・


「あの、お茶ご馳走様でした」
「ああ・・・温まったか?」
「はい。ありがとうございました・・・あの・・・」
何を言ったらいいのだろう。ただ彼の側にいたいのに・・・
アンジェリークはここに居る訳も、帰るきっかけも見つからず黙り込んでしまった。


「俺はいつも肝心なことが言えんな・・すまん・・・」
アンジェリークの様子に気づいたのか、ヴィクトールは躊躇いがちに彼女の隣に腰を下ろす。
しかし、次にはっきりと告げた。
「アンジェリーク・・おまえを守りたい。いや、何があっても、必ず守ってみせる。だからその役目を俺にくれないだろうか」
射貫くような琥珀色の瞳が、俯く少女の答えを待つ。
「はい・・・ヴィクトール様」
「そうか・・ありがとう もっと早くにおまえに言うべきだったな・・・」
伏せた瞳を上げると、優しい慈しみの眼差しが下りてくる。そして――
「逢いたかった・・アンジェリーク・・・おまえのことをいつも想っていた。忘れたことなどなかった・・・最後の夜のことも」
「あんな思いはもう御免だ。離したくない・・・おまえと共にいたいんだ・・・これからはずっと」
幾つもの聞きたかった言葉がアンジェリークの胸に染みとおる。大きな瞳からは、枯れ果てたはずの涙が次から次へと溢れ出た。
「すまん・・・ また泣かせてしまったな・・・」
首を大きく振りながら違うと訴える少女の頬を、大きな手が包み込み、親指がその涙を拭う。
その時、緊張の糸がプツリと切れた気がした。


「すべて俺が引き受けるから・・」
ヴィクトールは、しゃくり上げて泣くアンジェリークを胸に抱き寄せ、背中をさすった。
「お逢い・・したかった・・ 寂しかった・・ 辛かった ・・…ヴィク…トール・・様」
アンジェリークは愛しい男の腕の中で、宇宙の女王ではない、ただの17歳の少女に戻っていった。
「大丈夫だ。俺はここにいる・・・だからおまえも、もう何処へも行かないでくれよ」


一瞬ヴィクトールの体が離れる。けれどある言葉と共にその影はすぐに重なった
「愛している・・アンジェリーク。二度と離さない・・・・」
力強くて・・でも優しい声―― そっと瞳を閉じると瞼に温かなものが触れる。そして二人はどちらからともなく、唇を寄せた。


前よりもずっと、力強く歩き出せる。きっと未来を救えるだろう。あなたの愛が側にあれば・・・


115日後――― アルカディアの地は幸福で満たされた。
その時二人はもう一度共に生きていくことを固く誓い合った。
やがて訪れる瞬間(とき)を待ちながら―――


――END――

殿方に来て頂くのが絶対好きなんですが、自分から押し掛けるのはどうかと思い、
書いてみました。でも結局内気ちゃんだからなぁ・・(^^;
何か駄目過ぎる。中途半端だし、くさいし・・ワッハハ
イベントは夜想祭と思ったのですが、そんなに我慢は出来んでしょうし、
物貰うネタから雪祈祭後です(笑)