Top > Novel > エトワールのお話 > 変わらぬ想い

時が経てば、この景色も、人の心も移り変わっていく。
それは止められぬもの。
爽やかな緑の風は、今も、あの頃の様に優しく吹いているけれど、一人、ここに立つと思う。
遠くに見える、セレスティアの建物。
自分が育てた小宇宙がこんな風に発展したこと、喜ばしく思うはずなのに・・・
心は、置き去りにされたような寂しさを覚えるのは何故だろう。
細くなった自分の体を抱きしめれば、疲れてしまった心が、ため息をついた。


エトワールが役目を終えてから、もう何日か経つ。
守護聖のサクリアも宇宙の隅々まで行き渡り、穏やかではあるが、確実に作用するようになった。
宇宙の発展もようやく軌道に乗り、今は静かにその行方を見守っている。
平和が戻った若い宇宙。
けれど、その女王の心には、ぽっかりと穴が開いたように、冷めた風が吹いていた。


「ここにいらっしゃったのですか。・・・陛下」
この声を、久しぶりに聞いた気がする。
こんな風に呼ばれるのにも慣れたけど、未だに心がチクリと痛む。
随分と心配そうな掠れた声に、振り返る勇気がなくて、アンジェリークはじっと背中を向けたままでいた。
何よりも、心の支えになってくれている人。
けれど、本人を目の前にしたら、何を言ったらいいのかわからない。
彼が聖地に来てから、二人きりで会ったことはなかった。
会おうと思えば会えたけれど、そうしなかったのは、お互いに立場を重んじ過ぎてしまったから。
いいえ。
本当は、お互いの存在が変わってしまった現実を、認めるのが怖かったからなのかもしれない。


「随分と風が吹いてきました。お体に障ったらいけません・・・陛下」
「・・・・・」
ヴィクトールは、桃色のベールで隠れた背中を見ていた。
風になびく布地が、二人の間に距離を作るように音を立てる。
神々しい姿。
守護聖にならなければわからなかった、女王という聖なる煌き。
それは、ヴィクトールとって、何より厚いバリアのようで、今もこうして立ちすくんでいる。
守護聖であるがゆえに、入ってはいけない領域。けれどそこを破らなければ、いつまでも昔の様な二人には戻れない・・・


「隣・・・失礼しても宜しいですか?」
振り向かない。何もいわない。そんなアンジェリークの傍に、ヴィクトールはゆっくりと進む。
腕の止めの金具を外して、肩の鎧を外す。深い緑色のマントを そっとアンジェリークの体に掛けると、彼女は驚いたように振り向いた。


「ヴィクトール・・・?・・・ヴィクトール・・様・・・」
小さく呟く声。それをヴィクトールは聞き逃さなかった。
「お前がそう呼んでくれるなら・・・」
眉をひそめて笑ったヴィクトールの顔に、少しの安堵が浮かぶ。
「アンジェリーク・・・心配したぞ。お前が聖地から抜け出すなんて、思いもしなかったからな」
「・・・ごめんなさい」
「いや・・・いいさ。きっとここだろうと・・・思ったからな。それに、女王とて、たまにはのんびりとしたいだろう」
大人で余裕ある言葉。けれど、琥珀の瞳は心配そうに揺れていた。


今すぐに、その胸に飛び込みたい。
でも、勇気がない――
こんな 小さくなった体を抱きしめられるのは・・・


アンジェリークは、掛けられたマントをぎゅっと掴んで うつむくことしか出来なかった。
「・・・体平気なら、少し歩くか?」
差し出される手に導かれるまま、緑の絨毯をゆっくりと歩く。
手のひらの温もりは、つかの間の幸せのようで、お互いに強く握り締めていた。


よかった・・・二人の気持ちは同じまま。
冷めていた風は、優しい風に変わる。あの頃に戻ったように・・・
けれど、今は今。
――女王と、守護聖――
変えられない現実がここにはある・・・
そう・・・この先もずっと――


木陰へとたどり着くと、二人はどちらからともなく腰を下ろした。
「お前とよく来たな。ここは、あの頃と何も変わらん。空は青く、緑の平原はどこまでも続いている・・・心が洗われる場所だ」
「ええ・・・」
沈んだままの様子に、ヴィクトールはアンジェリークの顔を覗き込む。
そして、少し躊躇いながら、頭飾りからベールを外した。
「これで・・・お前の顔がよく見える」
大きな手に包まれた頬は、桃色に染まる。まるで、初めて触れられたかのように・・
「言い訳になることは言わん。だが、すまなかった・・・ずっと会いに行けなくて・・・」
「・・・いいえ・・いいえ」
―――わかってます・・・
アンジェリークは懸命に首を振る。
そう。彼は理由もなしに、自ら女王に会いに行ったりはしない。
それは、守護聖としての立場だけではない。彼なりの忠誠の仕方なのだ。


作り笑いで向けるアンジェリークの笑顔に、ヴィクトールは深いため息をついた。
「あの頃・・・アルカディアに、来た頃もそうだったな。まったく、どうしてそんなに・・・」
強がってばかりなのだ。 無理してばかりなのだ。
そして・・・自分は遠くで見守ることしか出来ず、何ひとつ力になれない。
守護聖になったからといって、それは変わらなかった。
守護聖になると心に決めた時。聖地に足を踏み入れた時。やっと自分は彼女の役に立てる。そう思っていたのに・・・
現実はそう甘いものではなかった。
大いなる力を手に入れても、目の前にいる儚げな少女を、この手で救うことは出来なかったのだから。


「申し訳ありません・・・陛下」
「・・・・」
「あっ。いや。すまない。・・・皮肉なもんだな。こう呼ぶことに慣れてしまったんだろう」
ヴィクトールはもう一度ため息をついて、アンジェリークの髪にそっと触れた。
触れているうちに、柔らかな栗色が風で流れる。
「ずっと・・・考えていた。お前のために何ができるのか。お前に会って話をして・・・そうすることが本当に互いの為になるのかどうか・・・。お前を苦しめやしないかと。
だが、こうしてお前を目の前にして、お前に触れることが出来た今は・・・・ また同じ過ちを繰り返していたとに気づかされた。アルカディアで過ごしたあの頃のように」
「ヴィクトール様・・・」
「俺は・・・立場のせいにして、お前と向き合いう事から逃げていたんだな。きっと・・」
逃げていた・・・?決してそうではないのに・・・ 
女王への、絶対の忠誠。守護聖達をまとめ上げ、事態が起これば、的確な判断を下す。それはヴィクトールだから成し遂げていることだ。
自分が今、この宇宙を護り、育てることが出来るのは、守護聖たちとエトワール。そして何よりヴィクトールのお陰。
どんなに助けられているか。女王として、彼に感謝の言葉を伝えることは出来たはず。でもそれさえ出来なかった・・・
逃げていたのは自分のほうだ。彼の深い愛に気づかずに・・・ 
アンジェリークは髪を撫でているヴィクトールの手に、自分のそれを重ねた。そっと両手で包んで、唇を寄せる。手袋に隠れて見えない傷跡に触れるように。
重圧に押しつぶされそうになることもあるだろう。彼がどんな困難でも乗り越える強さを持っていようと、一人の弱い人間であることをアンジェリークは知っている。
それは、自分も同じ・・・ だから、今伝えなくては・・・・
女王である自分と、本当の自分で。


「ヴィクトール。貴方には・・・とても感謝しています。貴方は私を支えてくださっている。女王としてだけではなく。・・・本当の私も。ずっと伝えられなくて、ごめんなさい・・・」
「陛下・・・?」
「私・・・ヴィクトール様が迎えに来てくださるかもしれない。・・そう思ってここに来ました」
「!?・・・」
「・・・本当の自分と向き合いたかったのかもしれません・・・。宇宙を統べる女王でも、私が私であることに・・・変わりはないんです。・・ただ、ヴィクトール様を想って・・・ただ、ヴィクトール様に会いたかった・・・」
「アンジェリーク・・・!」
ぎゅっと抱きしめられて、アンジェリークはヴィクトールの胸に倒れた。
一気に溢れ出す感情が、頬を伝わって落ちる。
「俺も・・・変わらん。ずっとお前に会いたかった・・・お前をずっと、想っている。・・・お前を愛している」
力強い言葉。いつか聞いた言葉に、アンジェリークは懐かしさと嬉しさで、涙を止めることが出来なかった。

背景


泣き疲れた体は深緑のマントに包まれていた。
少し首をもたげて、側にある大きな温もりを不安げに仰ぎ見る。
「私・・痩せましたよね?・・・ちょっと恥ずかしいです」
「そうだな・・少し。だがやはりお前だって思うよ。柔らかくて・・・優しい・・・」
その抱き心地に微笑むヴィクトールに、アンジェリークもはにかむ。
そこには女王ではない、ただ恋をする少女のアンジェリークがいた。


地平線の向こう。セレスティアの空に、何かが上がっているのが見える。
バルーンだろうか。ゆったりと自由に空を泳いで、気持ちよさそうだ。
確かにこれからも、色んなものが変わっていくだろう。
大いなる時の流れに身を置くようになった自分には、周りの変化が寂しいと思うのも仕方がない事。
けれど、根本にあるものは変えたくない。
今の平和。人々の幸せ。そのために力を尽くさなければならない。隣にいる、この大切な人と共に・・・
アンジェリークはヴィクトールの胸に縋り付きながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。


「すみません・・・少し・・眠くなったみたいです」
「そうか。俺がずっと側にいるから・・・ゆっくり休め」
「はい・・・」
アンジェリークは静かに目を閉じた。ふわふわと漂う綿毛になったように、彼の腕の中は心地よい。
辛かった日々さえも消えてしまう程。


「不思議。あんなに眠るのが怖かったのに・・・・・・」
「アンジェ・・・」
つぶやきの途中で、アンジェリークは夢の中に落ちていった。ゆるぎない大地の懐に身を任せて・・・


「気が済むまで眠れ。今のお前は疲れているだけだ。目が覚めれば、きっと元気になる。・・・以前のお前に戻れるさ。誰からも敬愛される慈愛に満ちた、自慢の女王陛下にな」
ヴィクトールは腕を枕にして緑の絨毯にアンジェリークの体を倒した。
「だが、今は・・・俺だけのものでいてくれ」
静かに指先で唇をなぞり、そっと口付ける。


「まだ俺達には、互いの立場を越える事は出来ないだろう。だが、今度は二人でここへ来よう。ここからまた、始めよう・・二人で悩んで、答えを見つければいい」


”約束の地”で、もう一度誓う。
「これからは、お前の傍で・・・俺はお前を守りたい。そして、この宇宙を護りぬこう」

目に映る景色が移り変わっても。


変わらない。この想いだけは・・・・


――END――

なんかもう、支離滅裂になりながら書きました;
舞台はアルカディアの約束の地。ゲームのエトワール後かな。
エトワールについては、思うことたくさんあります。アニメについても^^;
そのわだかまりみたいなのをちょっと吐き出した感じのものになりました。。
これは、連載しようとした?エトワールの話とは設定的に別なのですが、
ほぼ、最終あたりで書きたかった内容です。
そちらがもう止まった状態なので。無理やりまとめちゃったという感じです><