clipart-dreamfantasy14-w-3.jpgまだ、重く気だるい体を起こして、アンジェリークはカーテンを越しに、中庭を見下ろした。
日の光が眩しくて、目を覆ったその指は、今にも折れてしまいそうな程、か細い。
若い宇宙をただ独りで支え続けること。それは想像していた以上に、過酷なものだった。
昨日まで・・・新しい守護聖の存在を知るまでは、起き上がることもままならず、宇宙の均衡を保つのが精一杯だったというのに。
たった一つのサクリアを感じることが出来るだけで、こうも、体が楽になるものなのだろうか。
今となっては、この命さえ、危うかった日々が、夢だったのかとさえ思う。
アンジェリークは、窓を開け、風を体いっぱいに吸い込んだ。こんなこと、もう何日していなかっただろう。
起き上がり、おぼつかない足で、部屋の回りを歩いてみる。
これならば、ちゃんと明日の拝命式を執り行えそうだ。


そして、テーブルに置かれた資料に目を通す。順調に行われているサクリアの琉現。
遠い星星の目まぐるしい発展。そして、サクリアの精霊の開放。
どれもこれも、自分には出来なかったこと。それを、あのエトワールが成し遂げている。
複雑な気持ちが胸に込み上げた。
この宇宙の救世主は、伝説の星(エトワール)。すべては、あの子の力・・・・
それは、天からもたらされたもの。新しい宇宙が辿る定め。
けれど・・・この身に、大いなる力があったのなら・・・ 
自分の無力さに、そう思わずにはいられない。
明るく、はつらつとした、赤い瞳の少女。常に前向きで、聖なる力に満ち溢れた希望の光。
あの子のお陰で、宇宙は救われた。この体も砕けてしまうことはなかった・・・
そして、何よりも。・・・・あの人を連れて来てくれた。
もうすぐ、ここに来る。
それなのに、何故だろう。心が重いのは。
ふぅ・・・
アンジェリークは雑念を消すように首を振り、部屋のドアを開けた。


新しい聖地は、まだ少しの人間しかいない。
こうして、女王が庭園を歩いても、目に留める者はなかった。
「レイチェルに黙って来ちゃったけど、いいよね・・・」
まだ体が本当ではないのに、普段と同じ速さで歩いたものだから、アンジェリークの息はすぐに上がってしまった。
木陰のベンチに腰を下ろして、空を見上げる。
風に揺れる青々とした若葉。そこから、柔らかな木漏れ日が落ちてくる。
この木は確か、ここへ来たときには、小さな苗木だったのに。
いつの間に自分を影で隠してしまうほど、大きくなったのだろう。
成長を遂げていく聖地。女王のサクリアというものが、ここでは、確実に作用している。
こんな風に、上手くいったらいいのに。そうはいかないのはわかっている。
宇宙の育成はエトワールの使命となったが、この宇宙を均衡を保ち、進行へと導くのは、勿論、自分にしか出来ない務め。
何が起ころうと、立ち止まることは許されない。
でも、これで本当に宇宙は救われたのだろうか。
また、何かあったら・・・・そう思うと、自信がない。
意思を示すことが出来なくなった、アルフォンシア。いつも側で支えてくれている、補佐官。
辛いのは、自分だけではないのに。
エトワールもあんなに頑張っているというのに、その者たちに申し訳ない気持ちで一杯になる。
弱気になってしまう自分を、アンジェリークは責めた。
これでは、胸を張って彼に会えるわけがない。
すべてを捨て、新しい世界に身を捧げる覚悟で、ここへ来る守護聖に。


自ら、迎えに出ようとした勇気もしぼみかけた時、正門の辺りで、懐かしい気配を感じた。
近づいて来るのは、若く、まだ安定しない力。
それを司る主の年齢は若くはないのに、変にアンバランスで、初めて、アンジェリークは笑みをこぼした。
一番愛しい人なのに、自分の子を待つ母のような気持ちなのは、この身の全てが女王である証。
今は、自分を殺して、女王として彼に会おう。こんな弱気な心を知られたくない。
最初から守護聖を不安にさせることは出来ないから。
アンジェリークは、折れたベールの直して、ゆっくりと歩みを進めた。


その姿に気づいた長身の男、ヴィクトールは、琥珀の目を見開いて、随分と驚いている様子だった。
忙しく駆け寄り、言葉を詰まらせる。
「・・・随分痩せたな」
暫くして、彼が第一声に発した言葉は、これだった。
一度アルカディアで会ったときとは違い、痛々しい程、やつれて見えたからだ。
一瞬翳った表情にハッとして、ヴィクトールは、その場に跪いた。
忠誠を誓う女王に対して言う言葉ではなかった。
例え、どんなに心配で、会いたくて、愛おしくて、たまらなかったとしても。
この地に足を踏み入れた以上、自分は守護聖なのだから。
「し、失礼しました、陛下。申し訳ありません!」
「いいえ、いいのです。・・よく来てくれました、ヴィクトール。待っていましたよ」
「はい・・・」
頷きながら立ち上がる彼の様子を少しだけ見つめた後、背を向けてアンジェリークは歩き出した。
やはり、まだ無理があったのか、体が言うことを利かず、足元がふらつく。
気づかれないように、震える手を胸の前で握った。
その時、優しげ声が、背中で聞こえた。
「ありがとう・・・迎えに来てくれたんだろ?」
「・・・・」
「アンジェリーク?どうした、何かあったのか?」
名前を呼んでくれた事に、アンジェリークは泣きそうな思いを必死に抑える。
返事がないのは、どうしてなのか、すぐに気づいたヴィクトールは、口調を変えて、もう一度問いかけた。
「陛下・・失礼ですが、御加減が宜しくないのですか?」
「いいえ、心配には及びません。長旅で疲れているでしょう。明日はすぐに拝命の儀を執り行います。どうか、ゆっくり休んでください。」


背を向けたまま、弱弱しい足取りで、宮殿へ帰っていく女王を、ヴィクトールはただ、何も言わずに見送った。
「何も変わっていないじゃないか。あれで隠しているつもりなのか。・・・馬鹿な奴だな」
あの体で、わざわざ女王自ら、守護聖を迎えになど来ないだろう。アンジェリークとして、来てくれたのだ。自分に会うために。
ヴィクトールは、深くため息をついた。
抱きとめることも、悩みや苦しみを聞きだすことも出来ただろうが、そうしなかったのは、気丈に女王であろうとする彼女を、察するがゆえだった。
そうすることで、 辛さ隠し、守護聖になる自分にいらぬ負担を掛けたくなかったのだろう。
そんな彼女にあれ以上のことを言っていたら、心を乱してしまいかねない。
まったく、強がれば強がるだけ、かえって心配になるというのがわからないのか。
出会ったころから、何一つ変わっていないアンジェリークに、ヴィクトールは愛おしさと怒りを同時に感じていた。


つづく

エトワールのヴィクコレです。
再会から書きたいなと思ってはいましたが、心理描写が難しいですね。
とにかく、弱っていると私は思っているコレットをヴィク様が・・
という風にになって行けば良いなと思っているんですが、