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今日は1月8日。
アンジェリークの愛する旦那様のお誕生日です。
外はヒューヒューと音を立てて、風が吹いています。とても寒そうな日です。
でもここは温か・・・
アンジェリークは彼の腕の中でぬくぬくと幸せに浸っていました。
今日ヴィクトール様はお休みを取って下さったのです。
年末はとても忙しい彼でしたが、ようやくゆっくり出来る日が来ました。
大切な日・・ずっと一緒にいられます。
予定はもう決まっていました。
映画を見て、お食事をして、お買い物をして・・アンジェリークがデートをコーディネートしました。
何だか、彼のためにと思いつつも嬉しいのはアンジェリークの方かもしれません。
一日中外でデートなんて初めてだったからです。
だから今朝は興奮気味で彼より先に目が覚めてしまいました。まるで遠足の日の朝みたいですね。
アンジェリークはまだ眠っているヴィクトール様をうふふと笑って見上げました。
穏やかな寝顔です。髪にちょっと寝癖もついてます。
すっと手を伸ばして撫でてみました。
すると、手首を優しく掴まれて静かに琥珀の瞳が開きました。
「・・アンジェ・・おはよう」
少し寝ぼけた声です。アンジェリークは恥ずかしくなって、下を向いてヴィクトール様の胸に顔を埋めました
「・・もう少し寝るか?」
「はい・・」
ヴィクトール様はそのままアンジェリークをそっと抱き締めました。今朝はロードワークに行かないようです。
こうして側にいてくれるのはとても嬉しいことです。
安心して目を閉じます。
そして、アンジェリークは再び緩やかな眠りに入りました。


少しすると・・
頭の上から甲高い声が聞こえてきました。何だろうと耳を澄ませます。
―――夫想いのあなたへ。今日の記念に素敵なプレゼントをあげましょう―――
突然そんなことを言われても困ってしまいます。
プレゼントはいつもお仕事を頑張っているヴィクトール様へしてほしいのに・・
アンジェリークは勿論そんな風に思いました。


気がつくと辺り一面真っ白です。何もありません。やっぱり夢なのでしょうか。
「ヴィクトール様ぁ・・」
不安になってしまい彼の名前を呼びます。でも何も起きません。
少しの間歩いて行くと扉が二つありました。
そこには数字が書いてあります。
20と30。何だかさっぱりわかりません。クイズか何かでしょうか。10はないのでしょうか・・と、ちょと疑問だったりします。
ふと足元にメモが落ちいてるのに気がつきました。
――お好きな数字を選んでGO!!小さい数字は期待度20 大きい数字は期待度30。さあどっち――
「?????」
さあ困りました。このドアで行き止まりです。どうしても選ばなければ先に進めないし帰れないかもしれません。
悩みましたが20の数字を選びました。期待は普通でいいんです。相変わらず謙虚なアンジェリークです。
扉を開けると・・・・


「きゃーーーー☆」
「うわーーーー!!」


目の前に細いタイヤが見えました。何かにぶつかったようです。尻餅をついてお尻がとても痛いです。
「いたたたた・・」
「大丈夫ですか??」
目の前に手が差し伸べられました。どうやら誰かが起こしてくれるようです。
そんなに大きな手ではありませんがしっかりとした手です。
そろりと目を開くと、その人は黒い学ラン姿でした。背中には竹刀をしょっています。服のボタンには”中”と書いてあります。
中学生の少年のようです。
「あの・・・すいませんでした。大丈夫です」
そう言って顔を見ました。どっかで見たような顔です。誰かに似ています。・・・誰でしょう。
・・・・髪は角刈りでツンツンしていて暗赤色です。瞳は琥珀色です。細身ですが背も高いです。声も少し高いですがハスキーです。
誰かさんと全てが一致します。というよりも漂う雰囲気がぴったりだったのです。
さっきの数字って、まさか・・。アンジェリークは咄嗟に思いました。でもまだ確実というわけではありません。
「すいません。俺の不注意で。怪我はないですか?・・ああ擦り剥いてますね」
丁寧な言葉づかいです。彼はハンカチを出して擦り剥いてしまった手に巻いてくれました。こんなときから傷の手当てがお上手だったのでしょうか。
触れられる手にアンジェリークはドキドキしてしまいました。
「あ、ありがとうございます」
お礼を言って顔を上げると、ふと目が合います。彼は顔を真っ赤にしました。
それにつられてアンジェリークも真っ赤になります。彼は慌てて手を離して、後ろを向いてしまいました。
純情そうなお顔。今のヴィクトール様からしたらとってもすっきりとしたお顔立ちでしたが、それでもやっぱり精悍な面立ちは同じです。アンジェリークは確かめたくて仕方がなくなってしまいました。
「それじゃ・・」
「ま、待ってくださいぃ!!」
思わず呼び止めて服を掴んでしまいました。何ですかと少し嫌そうな困った顔で彼は振り返ります。
「・・・私迷子になってしまったんです・・お願いします、駅を教えてください」
いつもみたいに、縋りつく様な声で言ってしまいました。でも、もう後には引けません。


「ご迷惑かけてすいません」
「部活の帰りだからいいですよ」
と、駅まで送ってもらうことになったアンジェリークは彼の自転車の後ろに乗っていました。堤防沿いをゆっくりと走ります。
風は冷たくありません。ヴィクトール様の故郷の星は冬も温暖で雪が降らないところだった記憶があります。
それともこの背中のせいでしょうか。まだそんなに広くはないですが今のヴィクトール様の背中とおんなじ空気が漂っています。
「あ・・あ・・あの、ここは何ていう星ですか?」
「はあ?・・ブレヴァン星ですが・・あんた旅行者か何か?」
「そ、そんなところです」
「・・そうですか」
ぶっきらぼうな声です。変てこな事を聞いてしまって驚かれたようです。
ブレヴァン星はヴィクトール様の出身惑星です。やっぱり彼は・・・そうなのでしょうか。
そのまま自転車が二人を乗せて走っていきます。ふと見覚えのある通りに出ました。急な下り坂が終わると次は急な上り坂になる傾斜の激しい道だったのでよく覚えています。
ヴィクトール様のご実家にお邪魔したときにここを通りました。彼の家はこの近くなはずです。
「・・危ないから・・掴まっててください」
「え・・キャーァァ」
きょろきょろとしていると急な下り坂を一気に自転車が下りていきました。思わずアンジェリークは彼の腰に掴まり背中に抱きつく形となりました。
そのとき思い出したのです。ヴィクトール様とこの道を車で通ったとき、教えてくださったことを。
よくこの道を、自転車で勢いをつけて下ってはそのスピード感を楽しんでいたと。子供の頃はガキ大将で危ない遊びをしては怪我もよくしたとおっしゃっていました。
その記憶がこうして今、夢を見させているのでしょうか・・

頬が背中に当たっています。温かいです。ヴィクトール様以外の人に(ご本人かもしれませんが)ときめいてしまうなんて・・そう思い離そうとしましたがスピードが怖くて出来ません。
やっと緩やかな動きになったので固く閉じていた目を開けました。
急な上り坂を半分近くまでさっきの勢いで登ったみたいです。彼が自転車を降りてハンドルを持ち歩きはじめました。
「ああ・・そのまま乗ってて下さい」
「い、いえ。重いですから」
お尻が痛くなっていましたし、アンジェリークも降りて歩き出しました。歩幅を合わせてくれているみたいで・・何だか申し訳ない気持ちになります。
沈黙が続きました。聞きたい事は沢山あります。でも困ったように横を向いていてはお話できる雰囲気ではありません。
今はアンジェリークのほうが年上なのに、ヴィクトール様がリードしてくださらないとすっかり内気な子になってしまうみたいです。
それに。こちら側から根掘り葉掘り聞いたら変なお姉さんだと思われてしまうでしょう。


「あんた高校生ですか?」
少し時間をおいて彼が問い掛けてきました。
確かに幼く見えますが・・・19なのに、それはショックでした。ヴィクトール様に言われているみたいです。
「私は・・えっと大学浪人なんです」
「・・そうですか」
そうですかで、また話は途切れてしまいました。やっぱり会話にはなりそうにありません。当然ですよね。こんな見も知らぬ人間がいきなり迷惑をかけてしまっては。
それなのに、こんなに親切にしてもらって・・・
困っている人に手を差し伸べてくださるヴィクトール様。子供のころからそういうお人柄だったのでしょうね。
そして・・・その道を抜け、駅が見えてきたとき、アンジェリークは一番気になっている事を思い切って言いました。
「親切にして頂いたから・・あの・・貴方の名前を教えてもらえますか?」
ついに聞いてしまいました。一瞬”え?”という表情をして彼は頭を掻きました。
でもやっぱり、どうしても知りたかったのです。
「俺は・・ヴィクトール」
ヴィクトール・・ヴィクトールと確かに彼は言いました。人違いではありません。
やっぱり目の前にいる彼は20年前の・・・14歳のヴィクトール様です。
「あんたは?」
彼も照れたように聞いて来ます。勿論答えます。
「私は・・ええっと・・・ア・・・アンジェリーク・・です」
言ってしまってハッとしました。でもこれはきっと夢なのです。
それにおんなじ琥珀の瞳に嘘はつけないアンジェリークでした。


「アンジェリークさん・・」
「は、はぃぃ」
さんづけで呼ばれてすっとんきょうな声を出してしまいました。とても変な感じです。違和感ありすぎです。
「俺・・女性と話すの苦手で・・」
「へ?」
ぼそりと彼は言いました。その言葉にまた変な声を出してしまいました。照れている顔が少し可愛いです。仕草が同じで思わずじっと見てしまいます。
「あ・・いえ。駅はそこです。モノレールで15分ほど乗ったら宇宙ステーションです・・・じゃあ気をつけて」
ボーとしていたら彼は自転車にまたがりペダルに足をかけました。
「あ・・待って。何かお礼を・・」
そう、お礼をしなければ、気がすみそうにありません。アンジェリークはどうしようかなと辺りを見回します。
「そんなのはいいですよ。俺・・急ぎますんで」
「ヴィクトール様!!」
「は?」
「・・じゃなくて。ヴィクトール・・さん。少し待っててください」
様づけを慌てて消して、さんづけて呼びました。彼がいくら14歳だからといっても、尊敬する旦那様をヴィクトール君だなんて呼べそうにありませんでしたから。
アンジェリークは、すぐそこにあった自動販売機で缶コーヒーを買いました。
こんなことぐらいしか思いつきません。けれど・・何かしたかったのです。
「これ、よかったら・・。本当に色々と助けていただいてありがとうございます・・どうかお元気で」
熱くて持っていられない缶コーヒーを彼に手渡しました。
彼の手・・・きっと忘れないでしょう。傷のない・・まだ何も知らない幼い手。でも、とても温かい手でした。
アンジェークはぺこりとお辞儀をして背中を向けます。
何故かヴィクトール様に会いたくて会いたくて泣きそうになってしまいました。
走って駅に向かいます。すると、後ろから声がしました。
「ありがとう!」
振り返ると、彼は手を振っていました。
一瞬・・ほんの一瞬ですが笑いました。ここで逢って初めて見た笑顔です。ヴィクトール様が時々見せてくださる少年のような笑顔そのままでした。
彼の姿が車の通りで消えました。
胸に熱いものが込み上げて来ます。
それと同時にヴィクトール様のこと、何も知らなかったことに、寂しさと悲しさも溢れて来ました。
今のヴィクトール様を知っていればそれだけで十分幸せだったはずなのに・・


モノレールの中でアンジェリークは色んなことを考えました。
14歳のヴィクトール様は19歳のアンジェリークのことをどう思ったのでしょう。少しは好意を持ってくれたでしょうか。
お話もあまり出来ませんでしたし、中学生時代の彼を知るまでには至りませんでした。
学級委員長なんてやっていたのかもしれません。竹刀と大きな袋を持っていたので部活は剣道部なのだということはわかりました。
けれど、この頃のことを詳しくお話してくださったことはありませんでした。
好きな女の子はいたのでしょうか・・ 
たくさん気になります。
やっぱり愛する人のことは知りたいです。
アンジェリークは窓にこつんと頭を当てました。
数字が書いてあった扉のことを思い出します。30を選んでいたら、4歳のヴィクトール様に会えたのでしょうか。
ちょっと想像出来ませんが・・・会ってみたかったです。
じゃあ、10年前のヴィクトール様は?それはきっと厳しい任務中だったのでその年には行かれなかったのでしょうね。
彼が生まれて、辿ってきた数々の路・・・
今日ヴィクトール様とお話したいことがアンジェリークの頭の中で一杯になりました。
早く戻りたいです。いつになれば目が覚めるのでしょうか。
アンジェリークは手に巻いてくれたハンカチをもう片方の手で握りながら目を閉じました。


「ん・・・」
気がつくと目の前に大きな傷跡が見えました。
やっぱり夢を見ていたみたいです。彼の腕の中でほーーと息をつきました。
「はぁ・・」
ヴィクトール様も何やらホッとした溜息をついていらっしゃいました。
目が合ったらヴィクトール様はお顔を赤くされました。どうしたのでしょう。アンジェリークが可笑しな寝言でも言ったのでしょうか。
「アンジェ・・そろそろ起きるか」
「はい・・」
ヴィクトール様はガウンを羽織り、カーテンを開けました。光がまぶしいです。今日はいいお天気のようです。
「いい天気だ。よかったな」
目を細めて笑いかけます。アンジェリークも嬉しくなって彼の側に行きます。
寄り添い、お祝いの言葉を告げました。
「ヴィクトール様。お誕生日おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
「ふふ・・ヴィクトール様と、今日は沢山お話したいです。」
ん?というお顔なさった後、彼はにっこりとして頷きました。少年の面影がかすめます。
夢の中の少年はやっぱりヴィクトール様だったんだなぁとアンジェリークは思いました。
勿論、今アンジェリークの手には、夢の中で擦り剥いた傷はありません。その手が、彼の傷だらけの手を握ります。
過去も未来も二人はきっとどこかで繋がっていたのだと、そう思えるような、優しいぬくもりでした。


そして・・・特別な記念日が始まります―――


――おわり――

初のですます文。こちらのほうが書きやすいですね。
少年の頃のヴィク様。いったいどんな感じだったのでしょうか。
外見はとっつきにくそうだけど話すと頭がよくて明るい少年?という感じが・・どわわ。今と同じ。
人物像がつかめない内容で申し訳ないです(><)
そもそも学ランや剣道などアンジェの世界に存在するのか?しないでしょうな・・
夢なので目をつぶってくださいませ