Top > Novel > SP2のお話 > 日暮れ

少女は森の湖のほとりで膝を抱え、漂う水面をぼんやりと見つめていた。
冷たい風が栗色の柔らかな髪を撫でて、耳元でさらっと音を立てる。
何度となく訪れたこの場所。一人で来る事の方が多かったような気がする。
辛かった時、寂しかった時、嬉しかった時。


そして。
今日は―――  勇気を出して 想いを込めて祈った。pmhusuy74.jpg
でも・・・何も起こらなかった。
ただ会いたかったのに。後僅かな時間しか残っていないから・・・


もう帰ろう・・・・そう思ったとき、水面に大きな影が映った。
「どうした、こんなところに座り込んで」
低く掠れた声が少女の胸を揺るがす。
見上げると、待ち人は優しい眼差しを向け微笑んでいた。
「ヴィクトール様・・・えっと、お散歩です」
俯いてしまった少女に、彼はそっと手を差し伸べる。
「もうすぐ日が落ちるぞ・・・」
「はい・・」
大きな手に包まれて少女は頬を染め立ち上がった。
冷たかった風さえも何故か今は心地良く感じる。彼の温度が温かくて・・・その眼差しが柔らかくて・・
「あ・・あの・・・」
「・・すまん。少しだけ・・冷たくなっているからな」
胸の鼓動が彼に聞こえてしまいそうで、強く握り締められた手が熱くて、少女は戸惑う瞳を向ける。
けれど彼は手を離さなかった。
「本当に、小さな手だな・・・」
そう言って目を逸らすと、日暮れの空を見上げため息をついた。少女に悟られないように微かに・・・
この手が震えることのないように  その瞳が翳らぬように  側にいて守ってやれるなら・・


彼はこころを隠す。隠し通そうとしていた。


葉漏れ日を揺らす風が吹き抜けていく。手を離し、二人は歩き出した。
少女は彼の背中に隠れるようにしてついて行く。
哀愁を感じる大きな背中
見えない傷跡
包むことは叶わない、こころ
しがみついて泣きたい・・・泣けない・・・
近くて遠い大人の男の人。


「・・・下界では秋も終りか・・」
「・・はい、聖地も紅葉したらいいのに・・・・すごく綺麗でしょうね。」
「ああ・・そうだな。聖地は常春だからな・・・俺も見てみたいもんだ。きっと美しいんだろうな」
何気ない話題で、沈黙が和らぐ。けれど、やはり言葉少なげに終わってしまういつもの二人。
振り返る横顔に、はにかむ少女。その儚さに小さく肩をすぼめる彼。
そんな二人の間に、黄昏のベールがゆっくりと幾重にも重なっていった。
静かで少し寂しい。秋色にも似た聖地の日暮れ。最後の時・・・ もう、この道を二人で歩くことはないだろう・・・・


「その・・この間の夜は遅くまで連れ出したりして悪かったな」
少女の部屋の前で、思い出したように彼が言う。
少女はそれに懸命に首を振った。けれど言葉が見つからない。
綺麗なお月様を一緒に見られて楽しかった・・・違う。
哀しくて胸が痛かった・・・・それも
でも、過去を打ち明けてもらって、辛かったけれど、嬉しかったのかもしれない。


だから・・・

「あの・・ヴィクトール様は今日どうして・・森の湖に・・?」
少しだけ期待を胸に、さっきは聞けなかった言葉を搾り出す。
「お前がいるような気がしてな・・」
少女の澄んだ瞳が揺れた。
その瞳に彼はフッと目を逸らす。


そして・・・ 何もなかったように、いつもの言葉を交し合った。
「それじゃあ。またな」
「はい・・・・送って頂いてありがとうございました」


振り返らない背中。呼び止められることはない名前。
二人は同じ想いを知りながら・・・重ね合うことをしなかった。


少女はカーテンをそっと開け、彼をもう一度見送る。
彼は立ち止まり少女の部屋の窓を見上げる。
二人の瞳に映るこころは優しすぎて哀しかった。

涙が頬を伝わって落ちる。胸に痛みが走る。


苦い黄昏。
二人の季節がひとつ 過ぎていく。

逢えた悦びを重ね合うことが出来たなら・・
きっと、何もいらないのに―――


Fin.

素朴な感じで・・短く。
本当のヴィクコレってそんなイメージなのですよ。これ強調(^^;
そういうのってでも、難しいですね。何気ない文や言葉は好きだけど、ほんと難しい。