Top > Novel > SP2のお話 > 秘め事


「ヴィクトール様、ここなんですけど・・」 gppt162.gif
「ああ・・それか。今資料を持ってくるから、待っててくれ」


試験もいよいよ終盤を迎えた。
新しい宇宙には二人の女王候補による惑星が数を競って着々と生まれている。
特に最近は守護聖からの贈り物も増え、資質を上げるのにも余念がないアンジェリーク。
いつものように、最後の予定に精神の学習を組んで、ヴィクトールの元へとやってきた。


ヴィクトール様・・・
恐い方だと思ってた。


初めてお会いしたとき、あの顔の傷がとても痛々しく思って気になった。
じっと見たら、鋭い瞳と目が合ってしまって、慌てて下を向いたこと、よく覚えてる。
学習が始まった頃は特に厳しくて、少しでも予習を怠ったり、学習中よそ見をしたりしたら、お叱りの言葉がとんできた。


父親にも怒鳴られた事のなかった私は、その低い声に身体が震えて、泣きそうになってしまったけど、我慢して部屋に帰ってから泣いたこともあった。
あまり笑わない方・・。そう思ってた。最初は・・・お目を見ることも出来なくて。
でもあの日、私の部屋にお話に来てくださってからは、その思いはすべて塗り替えられた。
あの時から、私は頑張った。頑張っただけ褒めて下さって、優しい瞳を向けてくださった。
嬉しかった。 
笑顔が拝見したくて・・・暖かいお言葉をお聞きしたくて・・・
だから一生懸命だった。
ヴィクトール様がおっしゃって下さったように、女王候補として自分に出来る精一杯のことをして来た。
何かに引きつけられるように誰よりも気になっている方。
大人しいだけだった私に自信を持たせてくださった大切な方。
でも、ヴィクトール様は私のこと、女王候補としてしか見てくださっていない・・・
それ以上は何とも思ってないですよね・・・こんなに子供だから。
わかっていることだけど・・・そう思うととても胸が痛くて苦しくなる。
最近、あまり眠れないのはお勉強をしているせいだけじゃないの。
きっと・・きっと、私は・・・
あれ?・・・やだな。なんか急に眠くてだるい。もう少し我慢しなくちゃ。自己管理がなっていないって怒られちゃう。


「待たせたな。いろいろと図書館で借りて来たんだ。参考になるといいが」
暫くすると、ヴィクトールが書棚から幾つか厚い書物を持って来た。
アンジェリークの隣の椅子に腰掛け先ほどの続きをしようとしたが、表情に陰があることに気づく。
「どうした。顔色が悪いぞ」
「あっいえ。大丈夫です」
「・・・今日はここまでだな。早く部屋に帰って休んだ方がいい」
毎晩遅くまで勉強をしていると聞いていたヴィクトールは、デスクの上に広がった教本とノートを片付け、少し眉を寄せながらそれを渡す。
「・・・ありがとうございます。あ・・・」
椅子から立ち上がったアンジェリークはよろけてヴィクトールに倒れ掛かってしまった。
「ア、アンジェリーク!」
「ご、ごめんなさい・・ヴィクトール様」
「いや、それより・・立てるか」
ふらつく脚を見てヴィクトールは彼女を抱き起こしたが、すぐに歩いて帰ることは出来そうにない。
「少しここで休んでいけ。勉強熱心なのはいいことだが、あまり寝てないんだろ。無理も程ほどにしろよ」
ヴィクトールは少し考えるような顔をすると、突然アンジェリークを抱き上げ、奥の私室に向かった。
「え・・・あの・・」
「むさ苦しいかもしれんが、我慢してくれ」
少女の軽い身体を静かにベットに下ろすと、布団を肩までしっかり掛けた。
「熱は・・なさそうだな。ただの寝不足だといいが。とにかく一眠りしろ。夕刻になったら起こしに来る。そしたら送っていこう」
「ご、ご迷惑掛けてしまってすみません・・」
「気にするな。女王候補のお前が寝込むような事になったら困るからな」
ズキン・・・
額に白い布地が置かれ、離れた後、返ってきた無表情な声にアンジェリークの胸は痛んだ。
女王候補・・・
やっぱり女王候補以外の自分を彼は見てはくれない。それがこんなにも辛い事なんて・・
何気ない、あたりまえの言葉に傷つくなんて・・
泣きそうな気持ちを堪えて、アンジェリークは訪れる安らぎに身を任せ目を閉じた。
このお布団、ヴィトール様の匂いがする。温かい・・・懐かしいような不思議な安心感。
きっと抱き締めて下さったらこんな感じなんだろうな。
アンジェリークは抱き上げられた時の逞しい腕を振り返る。
力強いけど、ぎこちなく触れてくる感覚・・・
私は知ってる。貴方は不器用だけどとても優しい方・・・
そして・・・瞳の中に何か哀しいものを秘めているという事を。
私は翼が欲しい。貴方を・・・すべてのものを包めるような・・そんな女王になれたならきっと喜んでくださるかもしれない。
もしもその時が来たら伝えてもいいだろうか・・・
真っ直ぐに瞳を見つめて。例え叶わなくても、この想いを。
だから、もっと強い心が欲しいの。もっと・・・


寝たか・・・
ヴィクトールは眠ったのを確認すると、あどけない寝顔を覗き込み、目を細めた。
いつからか、自分は女王候補としての彼女ではなく一人の女として意識していることに気づいてしまった。
華奢な身体で・・・儚げな笑顔で・・・ひたむきな瞳で・・・精一杯の努力をしている少女。
こんなに幼く危うい少女なのに、一緒にいると心が温かくなるのは何故だろうな・・・
こうしている今もはっきりとわかってしまう。
触れたい・・・抱き締めてしまいたい・・自分だけを頼って欲しい。
そんな感情を抑えることが出来なくなっている。
今も、おぶってでも部屋に送り返せばよかったのに、そうしなかったのは、少女の身を案じただけではない。
少女との時間がもっと欲しかった。こんなに和らいだ空気を一人占めしたかった。
教官としてあるまじき感情。行為。
だが・・・
ヴィクトールは、少女に触れた優しさの残る手袋を無意識にスッと外す。
「アンジェリーク・・・俺は・・」
呟きながら手を伸ばし、髪に触れ、前髪に唇を落とす。触れるか触れないかの距離でそっと・・・
(柔らかい・・優しい花の香りがするな・・・)
そして、指先で小さな唇に触れようとして咄嗟にその手を引いた。
?!俺は・・いったい何をしているんだ。
自分の身体で影になった少女の顔を見つめる。
こうして見ると、ごく普通の少女なのに・・・こんなにも強く惹かれてしまうのは、彼女が天使だからなのか。
白い癒しの翼をもった・・・天使。
天使という言葉に胸が痛んで苦しくなった。所詮自分には手の届かない聖なる存在。
馬鹿げている。
こんな感情などこの胸に生まれるはずなどないと固く信じていた。それなのに・・・
いとも簡単に己の殻になった心に入り込んで、傷を摩っては撫でる少女の微笑み。
認めるしかないのか。心のどこかで救いを求めていたという事を。温かなものを欲しているという事を・・
しかしお前は、こんな無骨で年離れた男のことなど教官という以外では慕ってはくれないだろう・・
最後まで見守るだけだな、この少女を。教官として・・
自分に許されるのはそれだけだ。
秘めた想いを口にするなど叶わない夢。
そう、多くの尊い命を守れなかった自分は愛などを求める資格などないのだから・・・
だが、一時だけ許されるなら・・・
「頼むから起きないでくれよ」


ヴィクトールは手袋をはめ直すと、もう一度唇を落とした。今度は可愛い鼻先に。
「・・ヴィクトール・・さま」
「!?」
「・・・う・・ん・・」
「?何だ、寝言か。脅かすな。・・・幸せそうな顔だな。俺の名など呼んで、どんな夢を見ているんだ?」
青白かった顔に赤みがさす。安心したヴィクトールは、アンジェリークがまだ知らない慈しみの瞳で微笑んで、少女の上に自分の上着を乗せる。
そして、静かにドアを閉めると執務室の自分のデスクに戻った。
途中になってしまった課題のまとめをノートに書きとめ顔を上げる。
傾きかけた午後の日差しが窓に届くのを見ているうちに、いつしか彼の上にも安らぎが訪れていた。


しばしの間


「・・・・・ん。何だ、俺は眠っていたのか。夢を見ていた。参ったな。これが自分の望みなのか?
少女を腕に抱いて朝を迎えるなど・・・・ははっ・・まさかな。」
ヴィクトールは苦笑いをして、何度となく首を振る。馬鹿げた妄想を打ち消すように。
もう、執務室は夕日で赤く染まっていた。
「うたた寝をしてしまうとは俺としたことが・・」
慌てて立ち上がるとガタッと大きな音を立ててしまった。
デスクの上を見ると彼女のものはまだ置いたまま。今の音で起こしてしまったか・・
ヴィクトールは私室のドアを窺いながら窓辺に急ぎ、窓を開けた。夕方の冷たい風が火照った頬を冷ましていく。
「フッ・・・俺はどうかしてるな。」


アンジェリークは聞こえた物音で目を覚ました。
「う・・・ん。ヴィクトール・・さま・・。・・あれ??えっと・・私は。あっそうか、ヴィクトール様のお布団で休ませてもらったのよね」
殺風景だが、彼らしく整えられた部屋。アンジェリークはゆっくりと見渡しながら身体を起こす。よく眠れたお陰で頭がすっきりした感じだ。
何か幸せな夢を見ていた気がするけど覚えていない。悔しいと思うのは何故?
「あ・・ヴィクトール様の上着。これまで掛けて下さったなんて・・・」
布団の上に置かれていたヴィクトールの上着を持ち、立ち上がる。
自分をすっぽり隠してしまうような大きな服・・彼の温もりを感じたくてそっと抱き締めてみた。
やっぱりすごく温かい。でも・・胸が痛む。
これに包まれることはない。そう思うと泣きそうになってしまう。
駄目、我慢しなくちゃ。弱虫の女王候補はもう卒業したんだから・・・
アンジェリークは込み上げる涙を堪えて執務室へのドアを開けた。
カチャ・・
「あっ・・あの・・」
「おう、起きたのか。今起こしに行こうと思っていたところだ。どうだ、具合のほうは」
「はい。もう大丈夫です。少し眠ったら気分が良くなりました。これ・・・ありがとうございました」
アンジェリークは彼の上着を大事そうに両手で抱き締めたままヴィクトールの側に歩み寄る。
ヴィクトールも窓辺から静かに少女に近づくと、少し困った顔をして渡された上着を着た。
「あまり必要なかったな・・・」
「い、いいえ。とってもあったかかったです。」
「そうか・・。ああ・・これなんだが、今日の課題をまとめておいた。そうだな、明日は無理かもしれんが2、3日中にまた学習に来い。続きはそのときだな」
少女の言葉に微笑んだヴィクトールは、デスクにまとめてあった彼女のものを手渡す。しかし、触れ合う指先に二人は同時に手を離してしまった。
バサッバサッ
大きな音を立てて二人の間に教本が落ちる。衝撃で留めてあったブックサックが取れてしまったようだ。
「す、すまん!足の上に落ちなかったか」
「大丈夫です・・・あ」
慌てて拾おうとして、また触れてしまう手と手。映しあう互いの瞳。
「お前はいいから、俺が拾おう」
「はい・・すみません」
バラバラになった書類も拾い、アンジェリークに渡したヴィクトールはすぐに背中を向けた。
「・・・送っていくぞ」
ぶっきらぼうな声が響く。アンジェリークはまた感情が溢れて涙が出そうになった。
・・哀しい温かさで滲んでいく大きくな背中。微かに鼻をすすって呼吸を整えた。
「・・私・・一人で帰ります。もう平気ですから」
これ以上一緒にいたら泣いてしまう・・・そう思い、小さく告げた。
「そ、そうか。しかしな・・・」
ヴィクトールが振り返る。静かに見上げると、まだ見たことのなかった慈しみの眼差しがアンジェリークの心臓を掴んだ。
「アンジェリーク・・・一生懸命なのはお前のいいところだがな、そんなお前を見ていると・・・いや、その、俺は・・・心配なんだ。お前は十分しっかりやっている。休むことも時には必要だぞ」
夕日の赤を背に、影になる端正な顔立ち。心なしか赤らんで見えるのは目の錯覚なのか。。
瞳が優しい色で光っている。琥珀にも似た落ち着いた色。それがふいに憂いの影を映す。なんて哀しい色・・
こんなに長く彼の瞳を見たことはなかった気がする。最初は怖くて・・次には恥かしくて。
そして今は・・・苦しくて、涙が零れそうで慌てて下を向いた。
(私・・・勘違いしてしまいます。そんなお顔をされたら。)
「ヴィクトール様・・・あの・・今日はちゃんと早く寝て、明日の朝また学習に来ます。ご迷惑かけてしまったのに、色々とありがとうございました。」
アンジェリークは大きく会釈をすると駆け足で部屋を出た。
「おい!そんなに走るな。気をつけるんだぞーー」
揺れる黄色のリボンに、窓から慌てて声を掛けると、少女もう一度深々と会釈をした。その姿が消えるまで、ヴィクトールは心配な目で見送った。


あいつの瞳が潤んで見えたのは気のせいか。すがるような目。何故あんな目をするんだ。
もしも、少女が自分を必要としてくれるなら・・・
ありえない話だが、その時は腕の中に閉じ込めて決して出したりはしないのに。さっき見た夢のように。
そして、一生この手で守ることが出来たなら・・
愚かだな。都合のいい考えが浮かぶなど、本当に俺はどうかしている。
窓から部屋へ視線を返したヴィクトールは皮肉な微笑を浮かべ、自分が作る長い影をじっと見つめていた。
「アンジェリーク・・・お前になら話してもいいかもな」
そう呟きながら・・・


「はぁはぁ・・うぅぅ」
駄目、やっぱり私・・・ヴィクトール様が・・・すき。
どんどん好きになってしまう。抑えれば抑えるほど、想いは大きくなる。
私を心配してくださる優しいお顔が離れない。もしも、もしもヴィクトール様が私を想って下さるなら・・
女王になんてなりたくない。ずっとお傍にいたい。でも、こんな気持ちを知ったらきっと悲しまれる。アルフォンシアも、新しい宇宙も・・
大切に育ててきたものを手放すなんて今の自分には出来そうにない。でも・・この想いを消す事なんてもっと出来ない。
アンジェリークは走って部屋まで帰るとベットに顔を突っ伏した。
泣き腫らした目を見たら彼はなんと思うだろうか。
違う、違うの。あんなに哀しそうなお目を見たくなんてないの。
乱暴にごしごしと目をこすって起き上がり、ノートを手にした。ヴィクトール様が書いて下さったレポート。
角張った力強い文字。最後まで読んだ時、雫が落ちて文字が滲んだ。
嬉しい・・。わかりやすい的確な表現。私のために・・・
やっぱり期待に背くなんて出来ない。


アンジェリークは何度か顔を洗い、ベットに疲れた身体を横たえた。
明日からまた笑顔で頑張ろう。そう心に決めながら・・そのノートを枕元に眠りについた。
・・・ヴィクトール様、お休みなさい・・・ そう呟きながら。


その日を堺に二人の距離は確実に縮まっていった。夜、庭園に行ったこと、森の湖で偶然会ったこと。
そんな出来事を重ねるたび、お互いの心を次第に知ることになる。
そして、時はやってきた。
明日宇宙に星が満ちるだろう。それを感じたアンジェリークは秘めた想いを告げる決意をした。
「アルフォンシア・・・もしかしたらあなたの宇宙へは行けないかもしれない。ごめんなさい。許して欲しいなんて言えないけど、今まで支えてくれてありがとう。どうか最後まで見守っていてね」
祈るように呟きヴィクトールのもとへと急く。
背中の黄金色の翼を、彼だけを包む優しい癒しの翼に変える為に・・・


Fine.

・・何かヴィク様も違う人っぽい。ありがちだし無理やり終わらせた感じです。
じれったい・・お互い想い合っているのになかなか気づかない。
そんな二人がやはり好きです。でも書いてて恥かしかった。
間の部分・・(笑)そのために書いたようなものだったり
裏にあったりするかも・・・