Top > Novel > SP2のお話 > I NEED YOU > その2

あの丘から俺は、ここまでどうやって帰ってきたのかよく覚えていない。clipart-aoihoshini-white-ao.jpg
気づくと彼女の寮の前にいた。辺りはもうすっかり暗い。
こんなに長い距離を一人で帰してしまって、彼女は無事に部屋に着いただろうか。
俺は部屋の明かりを確認すると、ホッとしながら自分の執務室に戻った。


薄暗い部屋を見渡す。ここは少女との思い出が溢れている。
俺は棚の上に置かれたものに目をやった。
こんなところに飾るものではないが、少女が自分のために選んでくれたものだから、使う時以外は彼女にわかるように、ここに置いていた。(ダンベルです(笑)
会う約束をした日、これを持って来るために、いやに待たされたことを今でもはっきり覚えている。
よく考えもしないで、こんなに重いものを二ついっぺんに・・・。思い出しただけでも可笑しくなる。
次の日学習に来た時は、筋肉痛でペンが握れなくて困っていたな。
思い込みが激しいというか、一生懸命過ぎるというか、全く要領が悪いところが何とも危うくて・・・
だが何よりも愛おしかった。それが、今では・・・
秘めた強さは認めても、本当は心配で仕方がない。女王という重みをあの儚げで不器用な少女が背負っていけるのかどうか。
俺はため息を一つつき、煙草に火をつけた。小さな赤が少女の赤く染まった頬を思い出させる。
泣き顔は・・そういえばほとんど見せた事がなかったな。
自分は泣き虫だと言っていたが、知らないところで涙を流していたのだろう。
周りには健気にも気丈に振舞っていたのか。それがあんな風に泣くなんて――
・・・俺なんかのために・・・
!今も、泣いているのか・・・アンジェリーク。
結局、最後の最後でお前を傷つけてしまったな。だが、こうするしかなかった。許してくれ・・・


胸の奥が抉られるような激しい後悔の念が襲う。
俺は固い壁に拳を叩きつけた。骨が軋む鈍い音がするのもお構いなしに。
体の痛みに耐えて忘れたかった。少女の温もりを。自分の卑怯さを。
白い手袋が赤く染まっていく。血の涙など枯れ果てたはずなのに、こんなにも熱い雫はいったい何なのか。
わかっていても認めることが出来なかった。


そして、時間は残酷に過ぎていった。一瞬光が見えたような気がした。たった今宇宙が満ちたのだろう。
愛しい少女は女王になる。これで・・・よかったんだ――
俺は壁にもたれ、力なくそう呟いていた。


少し眠っていたのか。朝の眩しい光で目が覚めたようだ。
夢を見ていた。あの日の・・・・
額の汗を拭い、思いついたように机の引き出しから縒れた一枚の写真を出した。
最近やっと背けることなく見れるようになった仲間たちの笑顔。
これでよかったたんだよな―― 問い掛けてみては苦く笑う。
真実の答えなどとっくに出ているのに。
大切な仲間達の未来を失わせてしまった男が、愛しい少女の輝かしい未来を奪うことなど出来やしない。
自分は少女を必要としている。だが、それはこの胸の闇昏を照らし、癒して欲しいだけなのではないか――
何回問うては振り出しに戻っただろう。
俺は血で染まった拳をじっと見た。


己のむせ返るような血の匂いと、激しい土石流。遠のく意識の中で聞いた仲間達の呻声。
蘇る白昼の悪夢――
その夢から覚めたのは俺だけだった。しかし待っていたのは・・・後悔という出口のない闇。
だが、そこに柔らかな光が差したのは・・・・
虚無感を持て余す日々に終わりを告げたのは・・・・


「アンジェリーク・・・」
天使というその名を何度呟いただろう。
本当は優しい夢で終わらせたくなどない。どうあがいても、辿り着くのは、愛するものを強く欲しているという事実だけだった。


荷物をまとめなければな・・  
行き場のない思念を忘れようと、現実的なことを考えた。だがもう一つの現実ですぐに消された。
少女が告げた言葉の続きは、自分と同じだったから聞きたくなかった。
彼女の望むもの。それは自分も望むもの。
俺はハッとした。
もう一度アンジェリークの言った言葉を最初から辿ってみる。
少女は何よりもこんな自分を―――   気づいた時はもう遅すぎた。


その時ドアを激しくノックする音がした。
「レイチェル・・?どうした、こんな朝早くに」
ドアをあけると、もう一人の女王候補が血相を変えて怒鳴り込んできた。俺は慌てて血で汚れた右手を背中に隠した。
「ヴィクトール様!アンジェに何を言ったんですか?!あの子、女王になるのやめて家に帰るって言ってきかないんです!」
「なに?」
「昨日帰ってきたとき、様子がおかしかったから、聞き出したんです。そしたら、ヴィクール様に想いを告げよとしたら突き放されたって。あの子ずっとヴィクトール様が好きだったから・・・・・健気にもそのために頑張って来たのに」
「!ぐっ」
「やっぱり!!あの子があんなになるまで泣くなんて初めて見たんです。ヴィクトール様がアンジェのこと好きなことぐらい見ていればわかります。新宇宙ならワタシが引き受けますから・・・。だから何とかしてあげてください!」
「落ち着けレイチェル!そんなことが出来るはずないだろ。アンジェリークは新宇宙の女王だ。お前は有能な補佐官になると言って張り切っていたんじゃないのか」
動揺しているのは自分だった。何故だ―― 女王となるよう背を押したことが、こんな結果になるとは。
「アンジェリークは今部屋にいるのか!?」
気の強いこの少女が涙ぐんでいる。それだけアンジェリークが思い詰めていることが見て取れる。
「今、陛下とロザリア様に呼ばれて謁見の間に行きました」
俺はレイチェルを押しのけ、執務室を飛び出していた。
足が勝手に愛しい少女へと向かい走っていく。
今更何を・・・考え直して女王になれとでも言うつもりか。
違う―― 
女王陛下への忠誠、与えられた任務、それを全うする事は己にとって絶対だった。
だからその柵を飛び越す事などないと思っていた。
だが、それよりも・・・何よりも大事で守りたいものが今、自分の前から消えようとしている。自分が与えた傷を負って。
俺は走りながら心を決めた。何よりも自分を必要としてくれるなら、どんなことがあっても彼女だけはこの手で守ると。


「アンジェリーク!!」
大声で少女の名を呼び、謁見の間のドアを勢いよく開いた。3人の視線がいっせいに自分に届く。
どんなに無礼な事をしているか頭ではわかっていたが、自分には栗色の髪の少女しか見えていなかった。
づかづかとアンジェリークに走り寄り腕を掴む。そして、そのまま胸に手を当て敬礼をした。
「申し訳ありません、陛下。私はどんな罰も覚悟しております。ですが、どうか―」
「待っていたわ、ヴィクトール」
「は?」
最後まで自分の言葉を聞かぬうちに、金髪の女王は全てを見据えているかのように、慈愛に満ちた眼差しで微笑んでいた。
俺は掛けられた言葉に呆気に取られた。
「アンジェリーク、言ったとおりでしょ。よかったわね」
「陛下・・・」
ここでどんな話をしていたのだろうか。明るく高い声に、か細い小さな声が返る。俺はその時やっとアンジェリークの顔を見た。
少女は泣きはらした真っ赤な目で、震える子動物のように自分にしがみ付いていた。
俺は陛下の御前であることも忘れて彼女を力いっぱい抱き締めた。


「さあ、二人ともお行きなさい。新宇宙はレイチェルとエルンストに委ねる事にします。心配はないわ」
陛下の声にハッとなり俺は腕を解いた。
「も、申し訳ありません。無礼の数々・・・お許し下さい」
「いいのよ。気にしないで。貴方にもこんなところがあったなんてね。ふふふ」
陛下は悪戯な目を向けられた。その時俺は自分の顔が酷く赤くなっていくがわかった。
「ヴィクトール。貴方には後程新たな勅命を届けます。受けて下さいますね。」
「仰せのとおりに致します」
「アンジェリークのこと、一生守ってあげてね。お願いよ、ヴィクトール」
「は!必ず。有難うございます、女王陛下」
最後は少女らしい言葉だった。しかし、威厳のある声に、俺とアンジェリークは深々と敬礼した。
少女の手を引いて歩んでいく背中で、陛下とロザリア様の楽しげな声が響いていた。


その後、俺はアンジェリークを部屋に送り届けた。しかし、俺達は離れ難くてベットに腰掛け、ただずっと寄り添っていた。
「どうして・・・」
俺はアンジェリークの手を強く握りながら、知らずに呟いていた。それに彼女は静かに言葉を返す。
「こんな気持ちのまま女王になんてなれなかったんです・・。ヴィクトール様は女王候補でない私を必要として下さっていた。そのことがわかったから・・・ずっと一緒にいたいと思ったんです。でも・・・」
「もう、何も言わなくでくれ。俺は卑怯な男だな。お前の想いを知っていたのに。傷つけるようなことをしてしまった。本当に悪かった。だが、お前の言う通りだ。俺は男としてお前を必要としている。ずっと側にいて欲しい・・・」
俺の声に少女は雫を零して大きく頷いた。
「そうか・・ありがとう。俺はずっとこんな気持ちは許されない事だと思っていた。だが、自分に嘘をつくことは出来なかった。思い知らされたんだ。お前が女王になるのをやめると聞いた時・・・」
少女の涙を掌で拭いながら想いを告げていく。ふいに、この手に小さな手が重なる。
「ヴィクトール様・・・手が・・・」
忘れていた渋い痛みが走った。少女の涙が手袋についた血に滲んで、頬を汚していた。
「あっ、すまん。何処かにぶつけようなんだ」
慌てて頬を拭い、手を引っ込めようとすると、思いもよらぬ力で引きとめられた。
「手当てさせてください」
少女は救急箱を手に俺の前にかがむと、心配でたまらないといった目でこの手をとった。
「あの・・手袋を外してくださいますか」
少し躊躇ったが、俺は初めてアンジェリークの前で手袋を取った。少女は一瞬眉を潜めた。
「こういうことはヴィクトール様のほうがお上手だと思いますけど・・・」
しかし、それだけ言うと、見るに耐えないだろうに、ぎこちなく、酷い色をした打ち身の部分に薬を塗り、包帯を巻いてくれた。
「あまり女の子に見せるもんじゃないんだが・・・やはり驚いたか?」
苦笑いで問い掛けると、哀しいけれど、優しい微笑で少女は首を振った。そして――
「ご自分を傷つけることは・・もう、しないで下さいね・・・」
揺れる碧い瞳に全てを見透かされているような気がした。まだ幼ない少女だと思っていたのに・・・
俺は愛おしさで張り裂けそうな胸をおさえて、手を握り、真っ直ぐにアンジェリークのその瞳を見つめ返した。
「手だけじゃないんだ。体にも同じような傷が幾つもある。こんな傷だらけの男でも、お前は俺を・・・愛してくれるか」
「はい・・私はヴィクトール様の全てをずっと・・あい――」
躊躇う事のない瞳。そして、小さな桃色の唇が静かに動くのを見ているうちに、気がつくと、自分のそれを重ねていた。
柔らかく、甘い・・。灯が胸を温かくするように優しい。少女の・・・
そっと離すと、少女は真っ赤になりながら、まん丸な目で自分を見ていた。その様子に俺は目を細め、はっきりと告げた。
「アンジェリーク。お前を愛している・・・心から。」


「明日の朝、ここに迎えに来る。それから、レイチェルに手間をかけさせてすまなかった、そして頑張れと伝えてくれるか?」
俺は部屋を出て彼女に言付けると、学芸館に向かった。
デスクの上には、一枚の書類が届いていた。陛下からの勅命。それは自分がまだ整理されていなかった想いへの配慮がなされたものだった。
陛下は全てをご存知だった―― 


その日の夜、俺は初めてあいつらが笑っている夢を見た。
自分は再び生きる意味を見出す事が出来た。今でも許されるとは思ってはいない。しかし、死んでいったものが望むものは、生きているものの幸せではないのか・・・
都合のいいこじ付けかもしれない。だが、きっと・・・そんな気がした。
俺は大切な人とこの宇宙を再び命を賭けて守っていこう。それが仲間達への餞になるのなら・・


次の日の朝――


俺達は聖地の門に立ち、懐かしく後ろを振り返った。
「いろんなことがあったな」
「はい・・・皆様の事。そしてあの風景も、ヴィクトール様のお言葉も、私、ずっと忘れません」
俺は頷いて少女の頭を抱き寄せ、胸の中で呟いた。
――女王陛下、私はアンジェリークを全身全霊で守っていくこと、その約束をたがえる事は決して致しません。そして忠誠は生涯陛下に捧げます。どうか、ご加護を――
「ヴィクトール様?」
目を閉じ、ぶつぶつと言っていたのだろう。アンジェリークは楽しげに俺の顔を覗き込んだ。俺は微笑を返し、言葉を投げかけた。
「アンジェリーク、一つだけ俺の我侭を聞いてくれるか?」
頷くのを確認し言葉を続ける。
「俺は主星に戻る前に、やり残した事があるんだ。受けた任地の話はしたな。そこに行く。一年離れる事になるが、必ずお前を迎えに行く。だから待っていて欲しい」
「はい、わかりました。私、待っています」
強く頷く仕草に胸が熱くなった。
「ありがとう、アンジェリーク。俺はお前が側にいてくれれば何でも出来るような気がする。ずっと一緒に生きていこう」
澄んだ青空を仰ぎ、そして愛しい少女に視線を落とす。
その瞳は曇ることなく、この空のように限りなく澄んだ碧だった。

だった――


―終わり―

SP2最後の場面・・・ アンジェの心情なしに、ヴィク様視点で書くのは難しくて、何回も挫折しそうになって仕上げたものです。
ちょっと都合よくしすぎですかね(^^;でも、ハッピーなのが一番です!くさいけど~