毛糸

「あっ、あった~~こ、この色~。コレだ~」
アンジェリークは今日一日足を棒にしながら、いろいろな毛糸屋を渡り歩いていた。
「よかった~諦めずにここまで来て」
町外れにある小さな毛糸屋さんでやっと見つけたその毛糸玉は、愛しい人の髪と同じ色・・
「うーん。でもここにあるのはふた玉だけなのね・・」
鞄から【やさしく編める手袋】なる本を取り出し、材料の欄を見て確認してみる。
「えっと、並太タイプで、1.5玉必要・・と。よし、これなら少し大きめに編んでも大丈夫ね、うん」
もうすぐヴィクトール様のお誕生日。そして、その日は赴任先の惑星から彼が帰還する日。
やっとお会いできる・・そう思うと嬉しさでアンジェリークの心は高揚した。
「そうだ、失敗しても困らないように、一応普通の手袋も買っておこうっと。あとは駅前のデパートへ寄って、それから~」
買い物が終わった頃にはすっかり日も落ちて、街はイルミネーションに包まれていた。
行き交う恋人たちと、サンタの格好をしたケーキ売りたちで、街はいつになく賑やかだ。
「そういえば今日はクリスマスイブなのよね・・・」
ヴィクトールと過ごせないのはやはり寂しいアンジェリークだったが、ヴィクトールの仕事の大変さを思えば、それはとても小さなものだった。それにもうすぐ会えるのだから・・


女王試験終了の時、想いを確かめ合った二人、しかし。
アンジェリークは元の生活へ、ヴィクトールはとある惑星へと赴任し、二人は一年という間、離れて暮らしてきたのである。
でもそんな日々もあとわずか・・・


「お誕生日まで後二週間かぁ。それだけあれば大丈夫よね」
いつか大切な人が出来たら、手作りのもを贈りたい。それはアンジエリークの夢だった。
それに、二人にとってはスタートの日。特別な日だから特別なものを贈りたい。
ずっと暖めてきた想いでもあった。
「ヴィクトール様、きっと喜んで下さいますよね・・」
目を閉じて、愛しい人の傷だらけの手を思い浮かべてみる。
大きくって、ごっつくて―― つなぐととっても暖かい手・・・


―――あなたの心を傷をすべて癒す事は出来ないけれど・・・
少しだけでもいい、知って欲しい。どんなに想っているかを・・・
感じて欲しい。どこにいても、どんなときも心は側にあることを・・・
言葉にする事は出来いから・・だから・・・
ヴィクトール様・・一目一目そう唱えながら編んでいく・・
あなたと私を繋いでいくみたいに・・・
そして会える時が来たら、離れていた時間ごとすべて埋まっているの・・
都合のいい思い込みだとわかっていても。


10日程経った日―――
「くすくすっ。おっきぃ~☆まるでグローブみたいね」
出来上がっていた片方の手袋をはめたみたアンジェリークは、自分の手とあまりにも違うその大きさに、思わず笑ってしまった。
「でもこのくらいで、丁度よね。・・・後もうちょっと。がんばらなくちゃ」
思ったより時間がかかってしまったが、今日中には仕上がるだろう。
・・・・・が、しかし
「え・・うそ・・・っっ。足りない・・?!」
最後のゴム編みの部分に到達した時、その悲劇(?)は起こった。
「だって、さっきまであんなにあったのに・・充分足りると思ったのに・・」
毛糸の先端を呆然と見つめるアンジェリーク・・
そういえば、この毛糸は限定品だって店員さんが言ってた・・どうしよう
でもここまで来て諦めるなんて・・いや・・
「ママー!ちょっと出掛けて来ます~!夕方までには戻るから~!」
考えるより先にアンジェリークは家を飛び出した。


まず向かったのが町外れの小さな毛糸屋さん。
「ああ、その色の毛糸ねぇ・・確かメーカーの見切り品として扱ってたったものだし・・もう新しい品物になってしまったからねぇ」
「あの、じゃあ、取り寄せてもらう事はもう出来ません・・よね?」
「そうだねぇ。あの時かぎりの品物だから・・あっ、この色なんかそれに近いと思うけど―」
「この色じゃないと・・ダメなんです!絶対っっ。あっ、す・・すみません」
せっかく店員さんが用意してくれた品物なのに、失礼な言葉を吐いてしまい、恥ずかしさで逃げるようにその店を出た。
仕方がないので、主星の首都、アンジェリークの住む町から電車で一時間近くかかる街まで足をのばすことにした。
「ここまで来れば絶対見つかるよね・・」
しかし、何処の店を探しても、同じ毛糸玉は見つからない・・・
「えーとぉ、毛糸売ってるお店っていうと あと・・・・」
いつしか空からは雪が降り始め、アンジェリークの髪を濡らしていった。


――――はぁ、はぁ、なんか・・・・とってもばかみたい・・・
空回りをしている自分が情けなくて・・滑稽だった。
こんなにこだわらなくたって、買った手袋を渡せばいいじゃない・・・
最初からこの手袋は編まなかったんだ・・そう思えばいいんだもん・・・
手編みなんて・・自分の気持ち押し付けるだけで、ただの自己満足かもしれないし・・
きっとヴィクトール様、こんなのもらったって、用途もないし、迷惑なだけかも・・
でも・・だけど・・・
どんどん、考えが悪い方に向いていく、悪い癖だとわかっていても、止められない。
ヴィクトールと自分を繋ぐ糸がどんどん細くなって、そしてぷちっと途切れる音がした。
・・・・もしもヴィクトール様が帰ってこなかったりしたら私・・・
今まで押さえ込んでいた寂しさと不安が、堰を切ったように頬をつたって溢れ出た。
寒い・・寒いです・・ヴィクトール様・・・


「主星は雪か・・・」
1年ぶりの主星は、あの日と同じ白い光景で、ヴィクトールを迎えた。
お前とここで別れてから一年か・・・随分長く感じたな。
蒼い瞳にいっぱいの涙をためながらも、精一杯の笑顔で送りだしてくれた愛しい少女・・
自分の我が侭で随分寂しい思いをさせてしまった・・
正直、会えない事がこんなに辛いとは思わなかった。
声を聞けた日は会いたくてたまらなかった――
だか、そんな日々はもう終わりだ・・
・・・アンジェリーク・・やっと帰ってきたぞ、お前の元へ―


宇宙ステーションを出ると、ちょうど帰宅ラッシュの時間帯であろうか、街は大きな人並みが行き交っていた。
――内緒で早く帰って来てしまったが・・・やはり怒るだろうか。
とりあえず連絡を入れ方がいいだろう。
スクランブル交差点、信号を待つ間、携帯のナンバーを押そうとした時――
道を隔てたショーウィンドーの前にちらっと栗色の髪を見つけハッとし、その手を止めた。
アンジェリーク・・?!
・・・しかし、こんな所にあいつがいるわけがないか・・
「やはり相当まいっているようだな・・・」
軍本部に行く用事すらなければ、今すぐにでも会いに行きたいところだか、そうはいかんな。
何処にでもいるはずの栗色の髪に、必要以上に反応してしまう自分が可笑しかったが、もう少しの辛抱である。


信号が青に変わり、その栗色の髪に近づくにつれ、ヴィクトールは何故か逸る気持ちになっていった。
そして、違うと思っても確かめずにはいられくなり、猛スピードで走リ寄る。
華奢な体つき。あのコートは確か去年と同じ・・・
「アンジェリーク?!!!!」
「・・・・・あっ・・ヴィクトール様?・・うそ・・」
振り返った栗色の髪は、涙と雪に濡れた愛しい少女だった・・
「お前!どうしてこんな所にいるんだ!こんなに濡れて、風邪を引いたらどうする!」
「本当にヴィクトール様?・・・・はぁはぁ・・・私なら・・大丈夫・・・です・・」
将官服の上着をかけようとした時、アンジェリークはその腕の中へと倒れこんだ。


―続く?―

ヴィク様の髪って何色っていうんすか?ボルドー色?赤銅色?オヤジ色(;;
手袋ネタが書きたくて始めたんですが、これまたひどい(;;)何だコレー!
色は黒とかがよかったけど、ネタにならないので・・・オヤジ色にした