毛糸

「ヴィクトール様、33歳のお誕生日おめでとうございます!」
「・・歳をそんなでかい字で言わないでくれ・・ あ、いや。ありがとう。お前に言われるまで忘れていたよ、ハハハ」
二日後の誕生日の日、ヴィクトールの仕事のため会うことは出来なかったが、アンジェリークは電話で祝いの言葉を伝えた。
「しかし、すまんな。仕事がたて込んでしまって。 身体の方はもういいのか?」
「はい、もう大丈夫です。ヴィクトール様のお陰です。ありがとうございました」
すっかり立ち直ったアンジェリークは、声も自然と元気になっていた。
「そうか。お前の声も明るくて安心した。 ここしばらく時間が取れそうにないんだが、必ずなんとかするから、もう少し待ってくれるか?」
「はい。でもヴィクトール様、ご無理なさらないで下さいね。お会いできるまでずっと待っていますから・・」
短い会話の後、ヴィクトールが先に切るのを待ってから、アンジェリークは静かに受話器を置いた。
―――お会いできるのがもう少し先だったら、また何か編もうかな・・こんなにあるんですもの。
ヴィクトールに探してもらった、暗赤色の毛糸を頬に当ててみる。そうしていると彼の笑顔が浮かんでくるようで、アンジェリークはとても幸せな気分になった。
―――私って、本当にバカみたい。でももう、そんなことをしなくてもいいんですよね?ヴィクトール様・・・


二人がゆっくり会うことが出来たのは、それから一ヶ月程たった二月の寒い日だった。
「おう、アンジェリーク。今日は大丈夫だったか?」
「はい。もう試験も終わって今はお休みですから」
急に予定を決めたヴィクトールは、アンジェリークの家まで車でやって来た。
「乗ってくれ」
こちらに帰ってきてから新調したという○○○(車の種類は想像にお任せします^^;)のドアを開きエスコートをする。
「ヴィクトール様のお車に乗せて頂くなんて嬉しいです♪」
「俺はいたって安全運転だからな。安心していいぞ」
車が走り出すと、いつもの風景が違って見えた。なんだかドキドキして不思議な感じだった。
「さて、何処へ行くか・・・天気もいいし、梅の花でも見に行くか?」
「え?ああ、はい。素敵ですね」
「どうした、さっきからボーとして。一時間ばかり掛かるがいいか?」
静かにハンドルを握る姿に見とれていると・・・
――ん?――と、少し照れた顔でヴィクトールが時々振り返る。


言葉も交わさないまま、そんな事を繰り返しているうちに、あっという間にドライブの時間は終わった。
目的地に着くと、美しい紅白の花達が目に入ってきた。
この場所は、梅の花で知られた名園ということを新聞で見て知ったのだと、ヴィクトールは教えてくれた。
「今がちょうど見頃だそうだか、ここは知っていたか?」
「はい・・でも、子供の頃一度来ただけで、よく覚えていなくて・・だからとっても嬉しいです」
「そうか、よかった。それじゃ行くぞ・・・と言いたいところだが、その前にだな、その、見せて欲しいんだが・・・」
ヴィクトールはアンジェリークの抱えていた紙袋をチラッと見て言った。
「ええ?今ですか?」
「・・ずっと心待ちにしていたんだ。お前があんなにこだわっていたものだから余計にな・・・」
アンジェリークはしばらく出渋っていたが、紙袋から二つの包みを出した。そして真っ赤になりながら、ヴィクトールに差し出した。
「あの・・・大きすぎたらごめんなさい」
どんな反応をするのか、アンジェリークは不安げに見つめる。
「・・・すごいな、手袋か。こっちはマフラーか・・ 随分凝った模様だな」
ヴィクトールはニコニコしながら、はめていた皮の手袋を外し、その手袋に手を入れた。
かなり大きいように見えたが、傷だらけの無骨な手には、ピッタリすぎるほどだった。
「暖かいな・・・・・ ありがとう、アンジェリーク。 お前は器用だな・・」
恥ずかしがって下を向いてしまったアンジェリークの頭に、手袋をはめた手を乗せる。
もちろん、ヴィクトールの髪の色と同じものをわざわざ選んだということは、恥ずかしくて言えないアンジェリークだった。
でも、これは――
「あの・・実は、お揃いなんです」
そう言って自分の分の手袋を出して小さな手にはめる。今度はヴィクトールがそれを見て、顔を赤らめた。
「しかし、試験もあったというのに、また無理をしたんじゃないのか? ・・あ、いや、嬉しいんだが・・。その、どうも俺は口が上手くないからな、何と言ったらいいのか・・」
「ヴィクトール様が探してくださったんですもの。喜んで頂けたならそれでいいんです・・・それに私、これを編んでいるときとても幸せでしたから」
彼なりの気使いが嬉しくて、アンジェリークそう言葉を返す。そのまっすぐな瞳にヴィクトールは更に口ごもってしまった。
「こ、これなら、寒くないな・・ じゃあ、行くとするか」
――本当に適わんな・・・ 次の言葉はアンジェリークに聞こえないように呟いた。


冬は温暖なこの地方でもやはりまだ二月。頬に当たる風は冷たい。
ヴィクトールにあげたマフラーはアンジェリークの首に巻かれていた。そしてあの頃のように背中に隠れるようにして歩く。
小高い場所まで上っていくと、そこは庭園の梅林が一面に見渡せた。
「わ~見てください、ヴィクトール様。すごい眺めですよ」
「ああ、綺麗なもんだ・・・ここはもうすっかり春なんだな・・・」
――そう、もうすぐ春・・・だが、どう切りだしたらいいものか・・
そんな事を考えながら、子供のようにはしゃぐアンジェリークを、ヴィクトールは包み込むような瞳で見つめていた。
「あ!梅茶無料ですって。梅干もありますよ」
腕を引っ張るアンジェリークに苦笑いしながらも、その熱い茶碗を取ってやる。
そして二人は近くにあった休憩場所に腰を下ろした。
「なあ、アンジェリーク。この先に、滝と神社があるようなんだが、お参りがてら行ってみないか」
平日とはいえ、時期だけあってここは大勢の観光客が訪れていた。ゆっくり話をするには少々賑やかすぎるようだ。


庭園からの小道を抜け、山間のその場所へと足を運ぶと、さすがに人影はなかった。
「ここにも梅の花がたくさんあるんですね。濃い色のお花が綺麗・・」
独特の甘い香りが漂う中、アンジェリークは手を広げてスキップをした。
「あ・・私、さっきからはしゃぎすぎですね。ごめんなさい。でも嬉しくて・・・」
「いや、いいよ。楽しそうなお前を見ていると、連れてきて良かったと思うよ。しかしここは穴場だったな。本当に綺麗だ」
ヴィクトールも紅色の花を見上げた。そうしているうちに、日が翳り、冷たい風が吹いてきた。
「日が翳ってきたな。アンジェリーク寒くはないか?」
「はい、大丈夫です  ?・・・・ ! ・・・・あ、でも少し寒いかも・・・」
アンジェリークは何かに気づき、もじもじとする。
ヴィクトールはそんな様子に微笑むと、小さな手を取り、自分の手と共に上着のポケットへ入れた。


そのまま二人は無言で寄り添いながら歩いた。
アンジェリークはそっとヴィクトールの横顔を見上げてみる。
少し雰囲気が変わったのは、髪型のせいだと思っていたが、より貫禄がついたのと、穏やかな顔つきになったのだと気がついた。
この一年いろいろな事が彼にあったのだろう・・そう思った。
「お話聞かせてくださいね・・」
「ん?ああ・・お前には話したいことが山ほどあるんだが、こうしていると何も浮かんで来ないな・・・」
何気なく呟いた言葉にヴィクトールはそう答える。ずっとこうしていたい・・二人とも同じ気持ちだった。


「さて、着いたな。お参りでもしてから帰るか」
「この先に見晴台がありますよ。滝が見えるみたいです。ヴィクトール様、行ってみましょうね」
お参りをした後、見晴台まで足を延ばすと、そこには一本の古木があり、薄紅色の花が咲き乱れていた。眼下の谷には野生の梅林と、水を湛えた滝が見下ろせた。  (ここら辺かなり適当;;)
「すごいです~きれい・・」
「ああ・・・驚いたな。せっかくだからここですこし休んでいくか」
二人はしばらくその景色を並んで眺めた。


「あのな、アンジェリーク。お前に渡したいものがあるんだが・・」
そう切り出したヴィクトールは、懐から小さな何かを大事そうに出すと、アンジェリークの手の中に置いた。
「これは?・・えっと・・」
その小さな箱は、いかにもプレゼントですというものだった。しかも想像できるもの・・
「そ、その、何だ・・そういうことだ」
そういうことだと言われても、アンジェリークにはいまいちわからない。小首を傾げていると、その箱を取り上げられてしまった。
そしてヴィクトールは、アンジェリークと自分の手袋を外し、ポケットに入れると焦った声で言った。
「し、しばらく目を閉じてくれるか!」
こんなに動揺したヴィクトールは珍しいと思いながら目を閉じていると、指に何かが通った。
「??!!」
目を開けたアンジェリークは左薬指のそれに驚いた。
「もっと洒落て渡そうと思ったんだが、参ったな・・」
ダイヤの周りに綺麗な石が付いたプラチナの指輪・・・どう調べたのか、サイズもピッタリ合っている。
実感のわかないアンジェリークは、頭をかきむしっているヴィクトールとその指輪を交互に見ていた。
「・・ご両親に頼まれたんだ。お前のことをよろしく頼むと・・あ、いや、だからというわけじゃなくてだな・・その。お前が二十歳になって、短大を卒業するまではと思っていたんだが、俺はもう待てそうにない・・・。アンジェリーク・・春になったら一緒に暮らさないか」
「・・・・」
ヴィクトールの告白にアンジェリークはずっと俯いていた。指輪を握り締めた手は震えている。
どんな言葉を掛けていいものか困ってしまったヴィクトールは、アンジェリークの髪に触れると、そのまま抱き寄せた。
「う・・ぅぅ・・」
アンジェリークは最初声を殺して泣いていた。しかし――
「我慢するな・・」
そんな言葉に涙が溢れ出して止まらなかった。
今まで我慢していた寂しさと、この瞬間の幸せでぐしゃぐしゃになりながら・・・
「あの時も、こんなふうだったな・・・」
ヴィクトールがポツリと呟くと、アンジェリークの腕がヴィクトールの背中へ回される。
「ヴィクトール様・・。もう何処へも行かないで下さいね・・・」
「ああ・・・俺はもう何処にも行かん。ずっとお前の側にいて守ってやる。だからもう泣くな・・」
ヴィクトールはアンジェリークを壊れるくらいに強く抱きしめた。


「落ち着いたか?」
ヴィクトールは泣き止んだのを見計らうと、ハンカチとテッシュペーハーを出した。←几帳面~(><)
「ひどい顔だな・・・鼻をかんだ方がいいな・・」
そしてアンジェリークの鼻をつまんだ。
「ふが・・・・もうムードぶち壊しですぅ・・・・」
「ん?ああ・・全くだな、ハハハ」
こんな風に笑うのは、彼の照れ隠しだと知っているアンジェリークは、つられてくすくすと笑った。


淡紅色の花びらが舞い降りる。風に乗った甘い香りが、そんな二人を優しく包んでいた。


「ヴィクトール様、この綺麗な石はどういったものなんですか?」
帰り道、もらった指輪を愛しげに見つめながら、アンジェリークはそう尋ねる。
「それか?俺のいた星でしか採れないと云われれている貴重なものだそうだ。偶然にもおまえの瞳と同じ色だと思ってな・・・特別に作ってもらったんだが・・気に入ってくれたようで嬉しいよ」
「・・・・」
「どうした?」
ヴィクトールのそれとは少し違うかもしれない・・けれど二人は同じようなことを考えていたのだとアンジェリークは思った。
でもやっぱり言えない。恥ずかしいからずっと内緒・・・・
「私、夢みたいです。ありがとうございます・・」

ふと、ヴィクトールの手がアンジェリークの手に重なる・・ 片手ハンドルでは危ないと思いつつも嬉しさで頬の温度が上がっていった。
こんなさり気ない愛情が今はとても心地いい。・・・そして静かに目を閉じた。
そうしているうちにアンジェリークは眠ってしまった。
シグナルで止まった時、ヴィクトールはアンジェリークにそっと囁いた。
「俺の髪と同じ色を選んだこと、ちゃんと知ってるぞ」  と・・
そして、羽のように軽く唇を重ねた。
「言ってくれなかった罰だ。今のは秘密だ・・・」
ヴィクトールはフッと笑って、夕日に染まる頬を横目に車を走らせた。


「おい、起きてくれ。着いたぞ」
「あ・・・私、眠って・・・  あの、今日は素敵なとこに連れて行っていただいて・・・えっと・・」
頭がまだ眠っているようで上手く言えなかった。
「俺も楽しかったよ ・・・ありがとう・・」
そして二人は車を降り、アンジェリークの家の前に立つ。
ヴィクトールは、寂しげな表情をしているアンジェリークの頭を撫でると、力強く告げた。


「すぐにおまえを迎えに行く。待っていてくれ」

アンジェリークはテールランプが夕闇に消えてもなお、その先をボーと見つめていた。
二人の冬は終わった 春はもうすぐそこに ――


―おわり―

設定上歳は33歳ということで・・あしからず(^^;
しかし何故に梅?何故に神社??(笑
初の創作に挑戦してみましたが・・ お話を書くのって難しいですね。
文面がバラバラのヘボ話で申し訳ありませんでした。