毛糸

「・・・せっかく早くにお帰りになったのに、本当にご迷惑かけてすみませんでした~。ヴィクトールさん」
「いえ・・大事に至らなくてよかったですよ」

ヴィクトールはアンジェリークを無事、家へと送りとどけた。
熱が少し高いようだったが、今は落ち着いてよく眠っている。
「アンジェったら、どうしてそんなところまで。ヴィクトールさんに見つけていただいたからよかったものの、ほんとに、もう!心配かけて」
帰りが遅かったので、アンジェリークの母親は随分と心配したようだった。
「あの、もう少しアンジェリークの側にいてやってもいいですか?」
申し訳なさそうに頷く彼女から、ヴィクトールは変えの氷枕を受け取り、再びベットサイドに座った。

――まったく・・母親に行き先も告げないで、あんな遠くまで何をしに行ったんだこいつは。
しかも大事そうに握っていたこの紙はいったい何だ?
訳のわからない単語の並ぶ、輪になった紙っぺらを手にしながら、ヴィクトールは心配そうにアンジェリークを見つめた。
熱で赤らんだ顔。少し苦しそうな息にも、はらはらしてしまう。
汗で張り付く髪を払いながら、そんなにすぐ下がるはずもないのに、何度も額に手を当てた。
大人しいとはいえ、思い詰めたら何をしでかすかわからないアンジェリーク。
それがずっとヴィクトールにとって心配の種であった。しかも相当の頑固ときているのでやりようがない。
案の定、帰ってきた早々これでは、仕事どころではない。
故に理由を聞くまではどうにも心配で、ここを立ち去る気にはなれなかった。


「う・・・ん」
枕を変えてやるため、頭を起こした時、アンジェリークは目を覚ましたようだった。
「すまん、起こしてしまったか」
「あ・・・?!あと南急ハンズに行かなくちゃ・・!・・・・っう・・!!」
あまり急に起き上がったので、こめかみに酷い痛みが走った。
「お、おい。そんなに急に起き上がるな。熱があるんだぞ。 ん?南急ハンズ?何を言ってるんだ・・・」
「あれ・・私? ヴィ、ヴィクトール様?!・・・や、やっぱり夢じゃなかったんですね」
一瞬ヴィクトールを見たアンジェリークだったが、次の瞬間、布団を頭までかぶって突っ伏してしまった。
「ア、アンジェリーク?どうした。どこが辛い所でもあるのか?」
返事がない・・・
「おい!」
心配のあまり、少し怒ったように言ってしまった。

「ごめんなさい・・・ヴィクトール様」
小さな声は泣いているようだった。
「せっかく・・・せっかくお会いできたのに、こんな・・ご迷惑かけてしまって。怒っていらっしゃるのも当然ですよね。
・・・・私、もう恥ずかしくて、ヴィクトール様のお顔が見られません。」
せっかくの再会がこれではと、アンジェリークは酷く落ち込んでしまった。
「俺は別に怒っている訳じゃない。驚いてるだけだ。それに理由もわからんのに怒るわけにもいかんだろう」
「・・・・・・」
なるべく優しく言っているつもりだったが、また返事がない。
「よかったら理由を話してくれないか。どうも気になっていかん」
「・・・・・言えません」
「俺に言えない事なのか?」
「ヴィクトール様だから言えません」
「むー。それなら尚更気になるじゃないか」
「ごめんなさい」
病人相手に無理強いするわけにもいかず、ヴィクトールは仕方なく聞くのをやめた。
「そろそろ俺は帰るが、ちゃんと暖かくして寝るんだぞ。明日また来るからな」
布団をかぶったままのアンジェリークにそう言い、部屋から出ようとすると・・・


「ヴィクトール様、私・・・・ヴィクトール様に編んで差し上げたいものがあって。でもその毛糸が途中でなくなってしまって・・・いろいろ探したけど何処にも同じものがなくて、それで・・」
布団から少し顔を出したアンジェリークは、涙をこらえながらそう告げた。
「アンジェリーク、お前・・・」
無茶の原因が、自分のためだとわかったヴィクトールは、かなり動揺してしまった。
「でも、もういいんです。こうして無事にヴィクトール様がお帰りになっただけで、私・・」
そう言うと、アンジェリークはまた布団をかぶってしまった。
「まったく・・お前という奴は。 しかし、まいったな・・・」
「ううう・・ヒック・・ごめんなさい・・」
「そ、そんなに泣かないでくれ。もう、わかったから」
あまり泣くものだから、ヴィクトールは慌ててそう言い、もう一度、アンジェリークの傍に座ると、頭のあたりをポンポンと叩いた。
「あまり泣いて、また熱が上がったりしたら俺は心配で堪らない。頼むから、もう何も考えずに眠ってくれ。いいな。それとだな・・顔を出さんと苦しいだろ?」


眠りに付くまでしばらく待ってから、ヴィクトールはアンジェリークの家をあとにした。
帰りのタクシーの中でため息をつきながら、ポケットにしまっていた紙っぺらを取り出してみる。
――あいつはコレと同じものを探していたのか・・・ 南急ハンズか、明日行ってみるとするか。
ヴィクトールはそう決意して家路へと急いだ。


―続く?―


短いっす