毛糸

翌朝――――
結局ヴィクトールは、アンジェリークの心配と、時差ぼけでよく眠れず。
重い頭を抱えながらも、そこは気合一発!と吹き飛ばし、軍本部へと足を運んだ。
今日は、昨日あんなことになって出来なかった上官への報告や、挨拶回りを簡単に済ませるつもりだった。
が、しかし・・
新しい執務室には、いろんな意味で有名なヴィクトール将軍の帰還を聞きつけた野次馬達がわんさと訪れ、軍を出られたのは、結局夕方近くになってしまった。
――今日はアンジェリークのために休暇を取っておいたのだか・・まあ仕方ないな・・
ぶつぶつと呟きながら、急ぎ足で”南急ハンズとやらに向かった。


「ここか・・しかし、でかいな・・」
デパートなどに来たのは、数えるほどしかなかったため、ヴィクトールはかなり戸惑った。
軍に入ってからは、生活品のほとんどが購買部で揃っていたからだ。
まずは、案内板の前に立つと、毛糸という単語を探す。
「5階か・・うーむ」
ヴィクトールは、そこでハタと気がついた。その売り場は女性客ばかりではないかと・・
――しかも軍服のままでこの面構え・・。探す物が探す物だけに怪しまれるかもしれん・・
仕事に向かう時はもちろんこの服だ。だがここでは・・困ったぞ。
いや、ここはアンジェリークのためだ。恥も外聞も捨てるべきだな・・
何やら心の中で揉めていたが、ヴィクトールは開き直る事に決めた。
エレベーターに乗るのも面倒だったので、エスカレーターにしたが、それもじれったくて結局駆け上っていた。


毛糸は、手芸売り場という所の中にあった。品のいい婦人たちから、若い女子まで、やはり客は女性ばかりである。
――何処にあるのかわからんから、聞くしかないな・・
店員をうろうろと探していると、そこにいた警備員と目が合った。軍服を着ていてよかったと思った。
そうでなけれは職務質問されていたかもしれん・・怪しまれるよりそのほうが厄介だからな・・
ん?俺は何をくだらん事を・・
ヴィクトールは頭を2、3回ふると、見つけた店員に声を掛け、あの紙っペらを見せた。
「すみませんが、これと同じ物を探しいるんですが・・・」
応対をしてくれた店員は声が上ずっていたようだった。無理もないだろう。
しばらく待つとその店員は申し訳なさそうに言ってきた。
「申し訳ありません。この商品は既に生産中止のものなんです。こちらでは、もう扱っておりませんが・・・」
「ああ・・そうですか。いや、ありがとうございました」
駄目で元々でやってきたが、やはりなかったか・・。
昨日アンジェリークがあんなになるまで探し回っていたものだからな。
久しぶりに会えたのに、彼女の笑顔もまだ見ていない。俺のためにあんなに無理をして・・
それなのに自分を責めたりして・・本当にしょうがないな・・・
俺がなんとかしてやりたかったが、諦めるしかないか・・
そんなことを思いながら、諦めて帰ろうとすると、そこにいた警備員が近づいてきた。


「すみませんが、ちょっといいですか?」
――お、おい、捕まえるつもりか?俺は軍人だぞ
「待て、俺は王立派遣軍の・・」
「ヴィクトール将軍ですね!わーやっぱり。サインもらえますか?」
「あ゛?」
「僕、あなたのこと尊敬してます!実は僕、この間まで王立派遣軍に所属していたんですよ。でも僕にはきつくて・・で今は警備員です。ところで・・今日はアンジェリークさんとお買い物ですか?」
「な、何故名前まで・・・」
「あれ?有名ですよ。そうそう、ここにサインお願いします!」
自分がいろんな意味で有名人だとは気づかないヴィクトールだったが、その若者の手帳にサインをすると、思いついたように聞いた。
「すまんが、ここの近くで毛糸を扱っている店は知らないか?」
「ああ・・アンジェリークさんに頼まれたんですね。そういえば今日オープンした店があるらしいですよ。何でもアウトレットを扱っていて、しかもゆりかごから骨壷まで揃っているとすごい宣伝で・・それで、今日はここの客足が少ないんですよ。」
ゆりかごから骨壷まで?何処かで聞いたようなフレーズだな・・
「そこに、物作りの材料もあるのか?」
「ええ!何でもあるそうですよ。僕も仕事が終ったら行ってみる予定なんです」
「いいことを聞いたよ。ありがとう」
警備員の若者に店の名前と場所を教えてもらったヴィクトールは早速そこへ向かった。


派手な垂れ幕でその店はすぐにわかった。
「客の数は多いが、何だか怪しげな店だな・・本当にあるのか?」
舗道まで溢れるように、大売出しの品物がわんさと置かれている店。中もそんな感じだった。
種類別に置かれている訳でもなかったため探すのに手間取っていると・・
「あれ?もしかして、そこにおるのはヴィクトールさん?」
懐かしい関西なまりの声がして振り返ると、そこには、スーツを着た見覚えのある人物が立っていた。
「あんたは・・商人の兄さん・・」
「久しぶりやな~こんなとこで会うなんて、奇遇やわ~。元気にしてはりましたか~?」
「もしかして、この店・・」
「はいな!今日はオープンやさかいな。社長の俺が直々に売り子や!」
「ちょうどよかった頼みがある!!」
挨拶もろくにしないまま、ヴィクトールは商人の肩をガシィッとつかんだ。
「うぁ、ビックリした!なんや、せっかく久しぶりに会うたのに、世間話もせんとつまらんな~。で、何をお探しでっか?」
「これなんだが・・・」
ヴィクトールは既にヨレヨレになった紙っぺらを商人に見せた。
「以外やわ~。ヴィクトールさん、編み物しはりますんかいな」
「ち、違う!!!これはアンジェリークの・・あ、いや」
「そやそや、アンジェリークは元気かいな。もうあの時はほんま、びっくりしたわ~。アンジェリークの想い人はてっきり俺や思ってたんやけどな~」
「おいおい、冗談は顔だけにしてくれ・・」
久しぶりに会った仲間だったが、今ヴィクトールにとって、アンジェリークの笑顔が見られるか見られないかの瀬戸際で、ゆっくりしている余裕はなかった。
「ひどいわー。ヴィクトールさんてば。まあええか・・ふたりはうまくいってるんやな。良かった良かった。じゃちょっと待っててや~」
そう言ってからすぐ商人は戻ってきた。
「これやろ。アミボウブランドの毛糸や。結構今じゃ貴重品やで!まあ、こんなのがあるのはウチぐらいなもんやなー。」
自慢げに話すだけあって、流石だとヴィクトールは思った。
「今日はサービスや!10玉1000円に負けたるでー!!」
「いいのか?いや、本当に助かった。恩に着るよ。あんたも元気そうでなによりだ。」
一言、二言、お互い言葉を交わすと、ヴィクトールはもう一度礼を言い、その店を出た。
そして、一つ見舞いの物を買い、アンジェリークの家へと向かった。


「商人もすっかり貫禄がついたな・・しかし10もいらなかったか・・ん?この色は見知った色だな、何だったか・・」
どこまでも鈍いヴィクトールだった――


―続く?―

ごめんなさい・・・ほとんどギャグです(;;)なんでこんなになってしまったの・・
ま、いいか。ヴィク様、ギャグにしやすいから。
チャーリーさんにも突然登場してもらいました。
私は田舎人なので東急ハンズに行った事がありません。そのため、ちゃんと毛糸売ってるのか不安になりネットで調べました。多少の設定違いはご勘弁を。