毛糸
「昨日は娘がとんだご迷惑を・・。お忙しいのに、遠くまでご足労をお掛けしてすみません」
「お久しぶりです。こちらこそ夜分に失礼します。」


アンジェリークの家に着くと彼女の父親がヴィクトールを出迎えた。
そして昨日の事を丁寧に謝罪すると、彼をリビングへと通す。
「あの、アンジェリークの具合はどうですか?」
そう聞くと、父親は少し曇った表情で答えた。
「おかげさまで、熱は下がったんですが、どうも元気がなくて・・。食欲もないようですし、私どもが何か言っても、上の空なんですよ。何があったか教えていただけますか?」
キッチンから母親もやって来て、会釈をすると、ヴィクトールの答えを待つ。


「・・アンジェリークは探し物をしていたんですが、見つからなかったようで・・
それが俺・・いえ私に関する物らしくて、それでだと思うんですが・・・すみません、ご心配を掛けまして」
ご両親に、これ以上心配を掛けてはいけないと思い、ヴィクトールはしどろもどろに話をした。
「ヴィクトールさんが謝る事では・・ねえパパ」
「ああ・・・ いや、そうでしたか。どうも娘は思いつめる癖があって・・。親としてはそれが心配でして・・」
「それと・・、他人の心配ばかりしてしまうとこもね。アンジェったらせっかく会えたのに、ヴィクトールさんにご迷惑かけて、必要以上に気にしてしまったのね・・」
理由を聞いて二人の顔に安堵な色が浮かぶ。


「この一年、娘は私達に寂しい素振りをほとんど見せなかったんですよ。しかし、長かったと思います・・」
「ええ・・あの子は本当は寂しがり屋なのに、ずっと努めて明るくしているようでした。でも最近はヴィクトールさんのお話ばかりしてましたっけ。少しは大人になった自分を見てもらうんだってね。ふふ」
「そうでしたか・・。自分の都合で彼女には寂しい思いをさせてしまい、本当に申し訳ないと思っています」
「いえ・・そんな。でもあの子にも、そう言ってやって下さいね。喜ぶと思いますので」
両親との会話がしばらく続いた後、アンジェリークの父親は、改まった顔でヴィクトールに呼びかけた。


「ヴィクトールさん」
「は、はい」
「軍の将軍ともなれば、その責任は計り知れないかと思います。仕事の方もどんなに大変なのかも・・・
しかし、娘を・・、アンジェリークは至らない娘ですが、どうかずっと守ってやって下さい。あなたになら安心して預けられます」
「私からもお願いするわ。アンジェのこと、どうぞよろしくお願いしますね、ヴィクトールさん」
柔らかい物腰に意思の強そうな蒼緑の瞳を持つ父親、明るくおっとりとした栗色の髪の母親・・・そんな二人の愛情に大切に守られたアンジェリーク・・
今度は自分がその宝物を引き受けるのだと思うと、ヴィクトールは身が引き締まる思いだった。
「あ、あの・・・顔を上げて下さい。自分のほうこそ、彼女には助けられてばかりで・・ 私も至らないばかりですが、必ずアンジェリークを幸せにします。お約束します・・・」
こんな台詞を今言うとは考えもしていなかったヴィクトールは、言った後、無性に照れてしまった。
去年の今頃、自分の都合でろくに話も出来ないままでいた彼女の両親だったが、こうして話をすると、改めて思う。
こんな両親だからこそ、アンジェリークはあんなに素直で優しい子なのだと・・・
先程まで難儀だった買い物行事も、今は忘れられたヴィクトールだった。


――下でヴィクトール様の声がする。やっぱり来て下さったんだ。でもこんなひどい顔で、どうしよう・・・
ヴィクトールの前でどんな顔をしていいのかわからず1日中悩んでしまったアンジェリークは、熱が下がっても放心状態だった。
――ちらっとしかお顔を見れなかったけど、ヴィクトール様少し雰囲気が変わった気がする。
私は全然子供っぽいままで恥ずかしい・・
手鏡で剥くんだ顔を眺めながら、乱れた髪を必死に直す。
そうしているうちにヴィクトールが階段を上がって来る音がした。


「よう、アンジェリーク。もう起きられるのか?」
「こ、こんばんわ。ヴィクトール様」
ベットから体を起こしていたアンジェリークだったが、俯いたまま返事をした。
「熱は下がったと聞いて安心したぞ。どれ」
側に来たヴィクトールをちらっと見ようすると、自分の額に彼のそれが当たった。
(きゃう?)
「よし、下がっているな。 な、何だ?まだ顔が赤いようだか大丈夫か?」
すぐに額を離すとヴィクトールはアンジェリークの顔を覗き込んだ。
(う゛~~ヴィクトール様は何とも思わないの?)
「顔を上げてくれないか?顔を合わせずらいのは、わからんでもないが・・」
「そ、そんなことないです!」
慌ててそう言い、顔を上げると、琥珀の瞳が自分を見つめていた。
その此の上ない優しげな眼差しに、アンジェリークは泣いてすがりたい様な気持ちになった。
けれどぐっと我慢をして唇を噛む。


「今、親父さんたちと話をしてきた。久しぶりだったからな。本当にいいご両親でおまえは幸せだ。親不孝するんじゃないぞ。」
そう言ってヴィクトールはアンジェリークの頭に手を置いた。
「はい。・・・・あ、あの、そんなに見ないで下さい。ひどい顔してますから・・」
ヴィクトールがじっと見るものだから、アンジェリーク真っ赤になり、また俯いてしまった。
「ん?そうか?元気を出さんとご両親も心配だろう・・・。俺のことだったらもう気にするな。
しかし・・あの時おまえを見つけたのが俺でよかったよ。変な輩にでも連れ去られたりしたら・・ 」
ヴィクトールは急に怒り顔になった。
「わ、私、全然成長してなくて、ヴィクトール様にがっかりさせてしまうようなことして・・」
「何を言ってる。まったく、もう気にするなと言っただろ」
怒ったような声に、アンジェリークはシュンとなってしまった。
「あ、すまん。 おまえの一生懸命なところは認めるが、馬鹿がつく。もう少し要領よくしたほうがだな・・・ どうも教官のときのようになってしまっていかんな・・。だがな、アンジェリーク、おまえのそんなところが、ほっとけなくて・・その、好きなんだ。変わらずにいてくれて嬉しいよ」
「ヴィクトール様・・・」
「おっ、そうだ。食欲がないそうじゃないか。飯はちゃんと食ったのか?駄目じゃないか、少しでも腹に入れないと、しゃんとしないぞ」
照れてあっちを向いたヴィクトールは、またお説教を垂れた。
そして、懸命に照れ隠しをするように、がさがさと紙袋から何かを出した。
「見舞いだ。おまえはこれが好きだったな。これなら食えるか?」
それは真っ赤で瑞々しい苺だった。
「風邪を引いたときは、ビタミンCを摂らんと直りが遅くなるぞ。ビタミンCは体の抵抗力を強くするからな、風邪予防にもいいんだ。知ってたか?」
「くすくす。知ってます。ヴィクトール様ったら、よく苺が好きなこと覚えていて下さいましたね」
アンジェリークはやっぱりヴィクトールを大好きだと思った。外見は少し感じが変わってしまったと思ったが、不器用ながら、気を使ってくれるところも、何一つ変わっていない・・
「ああ、やっと笑ってくれたな。 実は見舞いはもうひとつあるんだが・・・」
そう言うともうひとつの大きな紙袋をアンジェリークに渡した。
「?!こ・・これ・・ええぇ?」
「それでいいんだろ。 俺みたいな男が探し回るものじゃないからな。かなり恥ずかしかったが、運良く見つかったんだ」
まさか、ヴィクトールが毛糸なんぞを探してくれたとは、夢にも思わなかっただけに、アンジェリークは只々驚いていた。
「何処にもなかったはずなのに、どうして・・・」
「ハハ、驚いたか?どう探し当てたかは・・・ ああ、思い出すだけで汗が出るからな。聞かないでくれるか」
アンジェリークは、ヴィクトールがどんな顔でこれを探したのか想像してみたら、可笑しくてまたくすくすと笑った。
「あの、でもこんなに買って下さって。今お金を・・」
「バカ・・そんなものはいらん。おまえの笑顔を見られただけで、俺にはいくらでも釣りが来るくらいだ。・・へ、変な表現だったな。ハハ」
ヴィクトールは照れて頭を掻いた。
「・・ありがとうございます。とっても嬉しいです。私、やっぱりヴィクトール様がいらっしゃらないと駄目・・みたいです・・」
「そ、そうか。アンジェリーク・・ その、悪かったな。長い間おまえを独りにして・・・」
そんな言葉にアンジェリークは大きく首を振った。
「通信精度が発展した星ならよかったんだか。おまえとは電話でしか話せなかったからな。俺も正直辛かったよ・・」
目と目が合ったが、二人して気恥ずかしくて下を向いてしまった。
「あ、あの・・これ頑張って編みますから、少し待っててくださいね」
「ああ・・楽しみにしているぞ。だが、無理はしないでくれよ」

 

そんなじれったいやり取りが続いていたが、ヴィクトールは早々に腰を上げた。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るか。暖かくして寝るんだぞ。風邪は治りかけが肝心だからな」
「え?もう行ってしまうんですか?」
「何だ、寂しいのか?積もる話は今度ゆっくり会った時しような。連絡するから」
急にぶっきらぼうになって、ヴィクトールは部屋から出て行ってしまった。


―――お帰りなさいも言えなかった・・・
アンジェリークは貰ったイチゴをつまみながら、そうつぶやいた。


一方ヴィクトールは・・・ 
――アンジェリークを目の前にしたら何だか説教じみてしまったな・・だかそんなことを言っていないと、おまえを抱きしめたい衝動を抑えられなかった・・いかんな、俺は。(そんなことないです。いっちゃってください!ガバッと 作者より^^;)
帰り道、両親に言った自分の言葉と、くまさんパジャマのアンジェリーを思い出し、ヴィクトールは一人赤面していた。


―続く?―

ものわかりがよすぎる父親ってのもいいかなと・・(^^;
やっと今回二人の対話になりましたわ。ひたすら照れるヴィク様ですね。
じれったくてすみません。そういう二人が好きなもので。
段々やけくそになってますが・・まだ続きます(滝汗)