Top > Novel > SP2後のお話(結婚前) > ものより想い出

町は黄昏時。
冬至に近いこの時期では、辺りはもう暗く、街灯の明かりが灯り始めている。

小走りに走ってきた男は、軽く屈んで、ひざに手を付くと、弾ませた息を整えた。
彼の名は、ヴィクトール。勝利者を意味する名前に相応しく、逞しく勇ましい風貌の男性。
三十台前半という若さながら、王立派遣軍の将軍職に就いている軍人であったが、未だに独身だった。
いろいろあって、独りを貫き通すつもりだったが、彼の人生は一人の少女によって救われたのである。
彼女の名はアンジェリーク。天使という名が相応しい、可憐で、純真な少女。
一応、ヴィクトールの"婚約者"となっているが、もうすぐ卒業するとはいっても、まだアンジェリークは学生の身。
ヴィクトールとの歳の差は一回り以上離れているのだ。結婚は、彼女が成人するまで待つのが、世間から見ても妥当だろう。
だが、ヴィクトールには、待っていることが出来なかった。
アンジェリークは心の優しい少女だ。いつも相手のことを想い、そして、何よりも健気だ。
それを考えると、ヴィクトールの心は、心配で張り裂けそうになる。
側に置いておきたい、守ってやりたい。


だから。
今夜会ったら。
告げる決心をした。
形と共に・・・


待ち合わせの場所は、アンジェリークの家の近くの小さな公園。
外灯の明かりが一つだけある、少し寂しげな場所だ。
かなり早く来てしまった自分に苦笑しつつ、ヴィクトールは懐にあるものを確認する。
なんて伝えようか・・
どう言ったら、喜んでくれるだろう。
照れくさい気持ちで、思い悩んでいたその時・・・


「あの・・・・ヴィクトール様、・・・ごめんなさい。お会いするのは今度にしてくださいませんか?」
などという電話が来たものだから、、幸せの頂点だったヴィクトールのハートゲージは、一気にどん底になった。
「どうした?風邪でも引いたのか?」
「いいえ・・あの・・あっ・・そうかも・・」
何かいいずらそうにしている彼女に不安は募る。嘘をついているのは、すぐわかるのだから。
「お前の迷惑でなかったら、見舞いに行きたいんだが・・実は、もう近くまで来ているんだ」
「・・・・・」
沈黙が痛い・・・
「・・・・どうした?アンシェリーク。何かあったのか?俺に話してみろ」
沈んだ様子に、なるべく優しく問いかけると、アンジェリークは涙声で謝るばかり。
「ごめんなさい・・・ほんとうにごめんなさい・・私・・」
「・・・アンジェ・・・」
まさかっ!!
(ヴィクトール様のこともう好きではなくなったから、会えません)
あるいわ。
(好きな人が出来たから・・以下同上・・)
などと、言い出すのではないだろうか。
自分はこんな無骨だし、おじさんだし・・・そう言われる日が来るかもしれない。
心の片隅で、そんな不安があっただけに、ヴィクトールの心臓はバクバクしていた。
「・・ヴィクトール様から頂いた・・・大切な指輪を・・。なくしてしまったんです・・・・」
はぁぁ~~~  それが理由なのか・・・?

安堵の後は、自分への怒り。
どうしてアンジェリークを疑ったりしたのか。ヴィクトールは、自分を激しく責めた。
「アンジェリーク、今から行くからな。待ってろよ」
それだけ言って、携帯を切ると、ヴィクトールは一目散に、アンジェリークの家へと向かった。


――理由はこうだった。
いつも大切にはめていた指輪をいつの間にかなくしてしまったこと。
それをどこでなくしたのか、思い出せなくて、探してもどうしても見つからなかったこと。
会ったとき、いつもしている指に指輪がないことに気づかれたら・・・
なんて謝ったらいいのかわからなくて、悩んでしまったこと。
アンジェリークが、懸命に話すのを、ヴィクトールは彼女の隣で静かに聞いていた。
「それで、俺に会いずらくなってしまったというわけか・・?」
相変わらず落ち込んだ様子で、アンジェリークはコクンと頷く。
ヴィクトールは大きく安堵のため息をつくと、少女の頭をそっと撫でて、胸に抱き寄せた。
確か、去年の今頃だったか・・
二人で行った商人の店で、いつも頑張っている褒美として買ってやったものだ。
想いあっていたとしても、あの時はまだ、ただの教官と生徒。
想いを告げられなかったヴィクトールにとって、それが精一杯の贈り物だった。
だが、彼女はとても嬉しそうにしていたことを、よく覚えている。
いつか、きちんとしたものを贈りたい。そう思っていたが、今の今まで出来ずにいた。
(ああ・・・それを今夜果たそうと思っていたんだな・・・)


懐に手を入れる。 だが・・・・今渡したら、慰めついでになってしまうのではないか・・・
ヴィクトールは、取り出そうとした手を止めた。


「・・・そう、落ち込むな。な?」
上手い言葉が見つからない。なんとか言葉を探して、ヴィクトールは少女の心を慰める。
「アンジェリーク。その指輪はずっとお前を守ってくれていたんだ。だか・・そうだな。きっと疲れてしまったんだろう。お前の厄を持っていたのかもしれん。そう考えてみてはどうだ?」
「ヴィクトール様・・・」
「それに、そんなに大切にしてくれていたんなら、指輪も・・俺も・・・本望だ。充分だと思うぞ」
思いやりあふれるその言葉に、アンジェリークがやっと顔を上げた。


「ごめんなさい、ヴィクトール様。もう・・・大丈夫です」
「そうか・・・なら、約束どおり食事に出かけるか?」
まだ少し元気のない様子だったが、ヴィクトールはアンジェリークをいつものレストランへ連れて行った。
彼女のお気に入りのメニューと同じものを今日も頼んで、いつものように、あまり会話のないまま、食事をする。
時折、アンジェリークは右薬指を指で回す仕草をした。
「癖になっちゃって・・」
「そうか・・・」
アンジェリークが申し訳なさそうに笑う。
ヴィクトールも苦笑いを返して、窓の外に視線を移した。


ここから見下ろす夜景は、彼女のお気に入りだが、今夜は冷えているせいか、滲んでしまっている。
そんな明かりも綺麗だとアンジェリークが呟いた。
プレゼントを渡すタイミングを、すっかり失ってしまったところに、優しく助け舟を出してくれたような気がして・・・
ヴィクトールは微笑み返して、冷えた窓から指を指す。その先には、高い塔が鮮やかな色の光を放っていた。
「あのタワーに行ってみるか。前に行きたいと言っていただろ?」
「はい。行きたいです」
お腹がふくれて、少し元気になったのか、アンジェリークは、はにかむ少女の笑顔で答えた。


時はクリスマス。
街路樹もライトアップされ、幻想的な光で街は包まれている。
白いコートの可憐なアンジェークと、黒いコートの強面なヴィクトール。
不釣合いなのは仕方がないが、恋人同士なら、手を繋ぐか、肩を抱くか・・・すべきなのだろう。
しかし、ヴィクトールは人前でそんなことをする、男性ではなかった。
アンジェリークが寒くないように、斜め前を歩いていくだけ。
けれど、それは彼なりの思いやりなのだと、アンジェリークはちゃんとわかっていた。


タワーに着いて、エレベーターで展望台に向かう。
丁度誰も乗っていなかったので、ヴィクトールはアンジェリークの手を取り、そっと繋いだ。
手袋越しでも伝わる、お互いの手のぬくもり。
いつもこうしてやることが出来たなら、どんなにいいか・・・
だが、照れくさいというよりも、心無い視線に晒されて、彼女が傷ついてしまうかもしれない・・・それが心配なのだ。
頬を染めている様子に、なんとなく救われた気持ちになりながら、ヴィクトールはアンジェリークの横顔を見つめていた。


「わあ。綺麗~。やっぱりクリスマスだから、街の明かりもいつもより賑やかなんですね」
「ああ。随分と壮大な眺めなんだな」
展望台からの見下ろす街の景色に、二人は思わず言葉を漏らす。
デートの始めの、重苦しかった空気も、今はいつもの二人に戻っていた。


「土産でも買うか?何か欲しいものがあれば買ってやるぞ」
賑やかな土産屋の前で立ち止まり、ヴィクトールが問う。
けれど、アンジェリークは大きく首を振り、彼のコートの袖を掴んだ。
「ヴィクトール様・・・」
「ん?」
「・・・こうしてヴィクトール様と一緒にいられるだけで、いいんです。なにもいらないんです・・・」
「アンジェリーク・・・」
大人しいアンジェリークが、少しムキになって答える。
そして(またこんな話しをして、ごめんなさい)とヴィクトールに背中を向けた。
「私。ずっと考えてました・・・。どうしてあんなに哀しかったのか。きっと、想い出も・・・あのときのヴィクトール様のお気持ちまで、消えてしまったような気がしたからなんです。本当はそうではないのに・・・」
「そう・・・だな。人は形あるものにこだわり、目に見えるものを信じてしまう。強くはないんだからな。だが・・・俺はそれでいいと思うぞ。そこに暖かな想いがあればな・・・」
ヴィクトールの言葉に、アンジェリークが少し肩を振るわせた。
「はい・・。大切な想い出はここにあるから。それを覚えていればいいんだって。今夜のこの景色もずっとここに・・大切に取っておきます・・」
アンジェリークは、胸に手を当てているようだった。最後は言葉が途切れて小さくなってしまっている。
彼女は、なんて頑固なのだろう。だが、そこがいとおしくて可愛くて・・・
抱きしめたい衝動を必死に抑え、ヴィクトールは彼女の両肩に、そっと手を置いた。


「アンジェリーク・・・・その。こっちを向いてくれ」
ヴィクトールは懐から、真っ白なリボンのついた、水色の小さな箱を取り出した。
自分もずっと、これを渡すことに・・・形というものに、こだわっていた。
ただ、伝えたいのはアンジェリークへの想いなのに・・・
それを今夜、彼女に教えられたような気がする。

 

「これをお前に・・・」
彼女の手のひらの中に、小箱を置く。今は飾らず、伝えられそうだ。
「結婚してくれ、アンジェリーク。近いうちに一緒に暮らそう」
「・・は・・い・・・・ヴィクトールさ・・」
何秒かの沈黙の後・・・いくつもの光の粒が頬を濡らす。


ヴィクトールは、何もいえず泣きじゃくるアンジェリークを、このときはもう、人目など気にせずに、力いっぱい抱きしめていた。
「お前にとって、新しい御守になるように。そして・・その泣き虫も少しだけ・・直るようにな」
低く掠れた声が、アンジェリークを優しく包む。
新しい御守は、ダイヤのリング。いつもとは違う薬指に輝いた。

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「ずっと一緒にいてくださいね・・・」
ようやく呟いた、涙で塗れた唇をヴィクトールが優しく塞ぐ。
平和な主星の街の明かりが、抱きしめあう二人を、いつまでも見守っていた。


――おわり――

いちおー、クリスマスにプロポーズなお話し
ヴィクコレらしく、微妙な・・・距離感というか、くすぐったさと。
いざとなったら、ラブくなっちゃう?二人を頑張ってみました。
題は、お察しの通り、某車の宣伝のアレでございます(^_^;)
まさにそうだなぁと、しみじみしつつ、ネタにしましたw