Top > Novel > 新婚シリーズ > 第一部 > 1.初めての夜だけど


「春になったら一緒に暮らそう」

あの言葉から一月・・・
春の柔らかな日差しが差し込む小さな教会で、愛する二人はささやかに内輪だけの結婚式を挙げた。
ヴィクトールとアンジェリークは一年の年月を経て、晴れて夫婦となったのである。


式のため、ヴィクトールの故郷の星にいた二人だったが、そこでゆっくり滞在することもなく、すぐに主星に帰って来ることになった。
「すまんな、いつも俺の都合で振り回してしまって。ご両親にも無理をさせてしまったな」
ヴィクトールはここ何日、何度となく謝罪の言葉を向ける。
軍本部の将軍職ともなると、休暇を取るのにも一苦労で、式の日取も急に決まったのだった。
そのため、アンジェリークは嫁入り支度もままならないまま、結婚式、親戚への挨拶回り、引越準備と、それをすべて三日間でこなさなければならなかった。

「疲れただろ?本当にすまん。家に着いたらゆっくり休んでくれ」
申し訳なさそうに言うヴィクトールに対し、アンジェリークは大丈夫と首を振る。
「ヴィクトール様、お仕事大変だったのに・・色々して下さって・・ありがとうございます。私幸せです」
「そ、そうか。少し慌しくなってしまったが、お前にそう言って貰えるとやはりやってよかったな」
一緒に暮らせるならば式は後でもいいとアンジェリークは思っていたのだが、過密なスケジュールの中、色々と準備をしてくれたヴィクトールの気持ちがとても嬉しかった。
ヴィクトール自身としても、どんなに忙しくても、二人にとって大切な門出。
男としてきちんとケジメをつけたかったし、アンジェリークや家族に喜んで貰えたの事が、何より嬉しい事だった。

「あの・・ヴィクトール様こそお疲れなんじゃないですか?」
明日からはすぐ仕事に行く夫を気遣い、アンジェリークは遠慮がちに問いかける。
「いや、俺は平気だ。これからはお前が側にいてくれると思うと、疲れなど何処かへ行ってしまったよ」
ヴィクトールはハハハと笑ってアンジェリークの頭を軽く撫で、そっと抱き寄せた。
「ずっと一緒にいような」
「はい・・・・」
ヴィクトールの優しい声に頷くと、アンジェリークは腕の中で幸せそうに微笑んだ。

――これからは二人一緒・・・ ずぅーーーと一緒なんですね――

「あのー。お客さん、着きましたけど・・・って何か入り込めない空気だな・・・」
やはり疲れていたのか、二人は寄り添ったまま、帰りのタクシーの中で眠ってしまったのだった。


郊外の自然が豊かな場所に、二人の住む屋敷が建っている。
屋敷はつい先日完成したばかりで、真新しい木の香りが漂っていた。
さすがに将軍職ともなると与えられるものは立派だ。
アンジェリークは初めて見る新居の大きさに驚いたが、それ以上に、こんな立派な家が持てる夫に改めて尊敬の念を抱く。
「広いですね・・・」
「そうだな。俺にはもったいないくらいだな。」
庶民出の二人には、特にアンジェリークの方は、この家に馴染むまで時間が掛かりそうだった。
しばらくは使用人にも世話をかけるだろう。
しかし、雇う予定の者たちは、4月に入ってから来てもらうことになっているとヴィクトールに聞かされ、アンジェリークはドキリとした。
数日の間、完全に二人きりということになる・・
「どうした?」
シンと静まりかえった廊下を歩いている間、アンジェリークは下を向いたまま黙り込んでいた。
部屋の説明をしていても耳に入っていない様子だ。
心配になり、どうしたのかと聞いても、アンジェリークは赤くなって益々下を向くばかり。
「あ・・いえ。なんでもない・・です」
アンジェリークはそう答えるのが精一杯で、ヴィクトールの顔が見られなかった。
よく考えたら、二人は出会って二年近くになるのに、一年間離れ離れだった分ちゃんとした付き合いがあったわけでもない。
だから二人きりになるのにはまだ慣れていなかった。
しかも、今日はいきなり?”初めての夜”な訳で、例え何もなかったとしても(ないのかな?)
意識しだすと止まらなくなってしまう。
ここに来るまでは幸せに浸っていて考えもしなかったのに・・・
いや、考えないようにしていたのかもしれない。
――どうしよう・・まだ心の準備が・・・ こんなこと言えないよね・・・・


二人が住む2Fのスペースはダイニングキッチン、リビングルーム、書斎、寝室と、何処かの高級マンションのような造りになっていた。
アンジェリークは先ほどの気持ちを忘れるために、あちこち探索しようとしたが、ヴィクトールに止められた。
「もう遅いから、明日にしろな。この荷物は俺が整理しておくから、先に風呂に入るといい」
アンジェリークの引越しの荷物を幾つか抱えながらヴィクトールが勧める。
「ありがとうございます。あの、でもお風呂のお湯はどうやったら・・」
あまりにも立派な住居で、きっと浴室も複雑なのだろと思いアンジェリークは聞いた。
「そうだったな。今教えるから一緒に来てくれ」
思ったとおり浴室も広く綺麗で、思わず言葉が漏れる。
「わぁー広いですね。これはジェットバスかな?でもなんだか広すぎて一人で入るのが勿体ないです」
何気なく言った言葉だったが、取りたかによっては誤解される言い方だ。
「・・そうか?何なら一緒に入るか?」


――――  ――――


「ええーー?!!!」


ヴィクトールの言葉に、アンジェリークは真っ赤になって黄色い声を上げた。
純情すぎるのはずっと変わらないようだ。
「おい、風呂場ででかい声を出すと響くだろ」
「ご、ごめんなさい(><)でもヴィクトール様がそんな冗談おっしゃるから、びっくりしてしまって」
「そ・・そうだな、すまん。冗談だ冗談・・ハハハ」
確かに冗談(ちょっぴり期待)だったが、そこまではっきり言われてるとかなり寂しいものがある・・・
少しからかったつもりが、反対にがっくりと落ち込んでしまった。
しかし、それを悟られないよう、ヴィクトールは何もなかったように振舞った。
「今時の風呂はハイテクで俺にもよくわからんが、まあ適当に使ってみてくれ。湯はここを押せば自動で沸く。それから・・シャワーはここだな」
「はい、わかりました」
風呂を沸かすには部屋からも操作出来ると、付け加え説明すると、ヴィクトールはその場を去った。
いったいこの二人は何をやっているのか・・じれったい事この上ない。
とは言っても、これからはもっとそうなることになるのだが・・


アンジェリークが無事風呂に入ったようなのでヴィクトールは荷物を片付け、寝室の奥にあるシャワー室へ向かった。
「どうせ長風呂だろうからな・・」
家に着いたとたん、急にアンジェリークが自分を意識し出したことぐらい気づいていた。
初夜だからといって、すぐにどうこうする気はない・・
ちゃんとした付き合いがないまま一緒に暮らす事になったのだから、もっとお互いを理解してからだって遅くはないはず。
アンジェリークが自然に受け入れてくれるまでは待つつもりでいる。
ただ彼女が側にいてくれるだけで、それだけでいいのだから。
そして、体にあるこの無数の傷跡・・・
アンジェリークには自分のすべてを見せられると思ってはいるが、繊細な彼女にこれを見せたら怖がらせて泣かせてしまうかもしれない・・それが気がかりだった。
「しかしさっきはマズかったな。和まそうとからかってみたのだが、内容がいきなり過ぎた。悪いことをしたな・・・あの様子じゃ実際一緒に風呂に入れるのはいつになるのか・・」
もわんと浮かぶ華奢なアンジェの体。即座に反応してしまう己自身。
「!!くそう、俺は何を考えているんだ?まだまだ精神の修行が足りんな」
ヴィクトールは妄想をかき消すように頭から熱いシャワーを浴びた。     ←この場面の挿絵


アンジェリークは髪と体を洗うと、ゆっくりと広い浴槽に入った。
しかし、さっきのことで顔がのぼせてしまい、体までぼせているような気になっていた。
ジェット機能も使ってみたが、変に体がモアモアしたので、すぐに湯から上がった。
「ヴィクトール様ったら、時々冗談キツイです。真面目なお顔をして言うんですもの。本気だと思っちゃいました。・・・でも、いつかはあの広いお背中を流して差し上げたいな・・なんて。キャ、恥ずかしい」
ヴィクトールの広い背中、逞しい胸、力強い腕の中に、もうすぐ・・本当にもうすぐ自分は抱かれるのだろうか。
「ふ~」
一つため息をつくと鏡に映る自分の体を見た。
「こんなにやせっぽちで胸だって小さいまま・・ ヴィクトール様から見たら、やっぱり私は子供で、魅力ないですよね・・・」
買い物をする時間がなくて、大人っぽい下着やパジャマを揃えられなかったため、今までの下着を着けるしかなかった。
白くて、なんの変哲もないセットものの下着・・・
せめて身に付けるものが良かったら少しはカッコがついたかもしれないが、そういうものしか持っていなかった。
それにこのパジャマはもっといけない。少し前、風邪を引いたときヴィクトールに見られたデカ柄くまさん。
せめて花柄とかならよかったのだが、新婚初夜にそれはないだろうと、タオルと一緒に用意されていたバスローブを着る事にした。
フードが付いていてデザインが可愛いらしいのはいいが、袖も丈も短くてスースーした。誰が用意したのであろうか・・ 
「これがあってよかった・・明日は絶対買い物に行かなくちゃ。」
外見にこだわっても中身がついていかないことぐらいわかっている。けれど、そこはやはり乙女心なのである。
                                      ←この場面の挿絵


寝室に行くと奥からシャワーの音が聞こえた。
アンジェリークは慌ててクローゼットにくまさんパジャマを仕舞い込んだ。
「ヴィクトール様・・・胸がドキドキして苦しいです」
初めて一緒に眠る夜。緊張のあまり胸が高鳴っている。
決して嫌な訳でも怖い訳でもない。二人の付き合いの長さなんて関係ない。心が一つなら、体だって・・
愛しい腕の中に抱かれる事をずっと夢に見てきたのだから・・・
でも、不安だった。あんな事を言われただけでも恥ずかしいのに、そんなことになったら、もっともっと恥ずかしくてどうにかなってしまうかもしれない。
夫婦になったのに、これじゃ夫婦とは言えない・・・
アンジェリークは布団に潜り込んだ。ベッドは一人でいるには大きすぎて、そして冷たかった。
気持ちが落ち着かなかったにもかわらず、いつのまにかアンジェリーク眠っていた。


ヴィクトールがシャワー室から出たのはそれからすぐだった。
冬の寒い時意外、いつもは裸で寝るが、アンジェリークの手前、それは出来ないと思い、バスローブを着たままベットへと向かう。
「アンジェリーク・・・寝たのか?」
ヴィクトールがベットに腰を下ろすと、小さな寝息が聞こえた。
起こさないようにそっと布団に体を滑り込ませたが、その体重でギシリと軋んだ音を立てる。
「無邪気なもんだな・・・」
少し口を開き、爆睡する子供のような寝顔にヴィクトールは笑みを漏らした。そして眠っている事に心なしかホッとしていた。
「やはり、疲れたんだな・・・ゆっくり休むんだぞ。 おやすみ、アンジェリーク」
心の中で呟いて、そっと髪に触れる。
こうして寝顔を見つめられるだけでヴィクトールには十分過ぎるくらい幸せだった。自分には手に入らないと思っていたのだから。
温かな安らぎも、今ここで眠る愛しい少女も・・ 
過去に囚われた心を優しさと清らかさで包み、癒してくれたアンジェリーク・・
そんな彼女を何よりも大切にしたい。悲しみなど決して寄せ付けないように守りたい。いつも笑顔でいられるように。
だから今は、このままで・・・。 二人、ゆっくり歩いていけばいい。
ヴィクトールはアンジェリークの愛らしい寝顔を飽きずに見守り続けた。
「そろそろ、俺も寝るか・・変な気を起こさんうちにな」


ヴィクトールが目を閉じ、眠りに入ろうとした時、
「クシュン!」
小さなくしゃみで眠りから引き戻された。アンジェリークも自分の声で目が覚めてしまったようだ。
「あれ、私。あ・・・ごめんなさい。ヴィクトール様。起こしてしまって・・・」
少し離れたところにあったヴィクトールの顔を見てアンジェリークは、とっさに はにかみ俯いた。
「いや、それより大丈夫か?寒いんじゃないのか?」
昼間はカーテンで閉め切られていたこの部屋は、少し肌寒く布団も冷たい。
冷え性で寒がりのアンジェリークには、丈の短かい薄手のバスローブでは少し寒かったのだろう。
「下に何か着た方がいいな。寝巻きがあっただろ。何処だ?」
「あああーー!寒くないです。大丈夫です!」
「しかしな・・風邪を引いたらいかんだろ」
「でも・・ヴィクトール様の前であんな子供っぽいくまパジャマはもう着たくないんですぅううーー!」
あれを穿くのは絶対嫌だったので、思いっきり反論したところはいいが、それをはっきり口走ってしまいハッとなった。
アンジェリークは恥ずかしなって、背を向け、布団にもぐった。寒さと緊張感で体が震え出す。
「・・・・・フッ」
――今、フッて笑った・・?鼻で笑われたーー?! どうせ、私はお馬鹿で子供ですよー。くすん
アンジェリークはいじけて体を丸めた。
こういう所が、そもそも子供なのだが、自分の前で精一杯大人でいたいと思う気持ちが、可愛いらしくてたまらなくなる。
「しょうがない奴だな・・」
スッ・・
ヴィクトールはアンジェリークの体を引き寄せ背中から抱きしめた。小さな体が腕の中にすっぽりと包まれる。
「手も足もこんなに冷たいじゃないか。ちゃんと風呂で温まったのか?」
両手を握られ、足を絡まれてアンジェリークは心臓が飛び出そうな程ドキリとした。
「すまん・・暖房を付けておけばよかったな。だが、俺には暑いくらいなんだ」
アンジェリークはブンブンと首を振る。
「そのかわり、お前が寒いときはいつでもこうすることにしよう・・・少し照れるがな・・・ どうだ?少しは暖かいか?」
「はい・・・とっても・・・」
動けなかった。ヴィクトールの体の熱が伝わる。
アンジェリークは腕の中でどうにかなってしまいそうなほど身も心も熱くなっていた。


しばらく二人はそうしていると、ヴィクトールがポツリと話し出した。
「なあ、アンジェ。お前は俺の事を、その、おじさんだと思っているか?」
「?!そ、そんなこと絶対ありません!!何故そんなことを・・?」
「あ、いや、それならいいんだが。俺も同じだ。お前の事を子供だなんて思ってはいないよ。もし、本当にそう思っていたならこんな風にはならん・・・」
そう言うと、ヴィクトールは更に体を密着させ、強く抱きしめた。
背中に感じる激しい胸のリズム。ヴィクトールも自分と同じ気持ちなのだと思い、アンジェリークは嬉しかった・・・
そして、腰のあたりに当たる何か硬いもの。布越しでもはっきりとその大きさが感じられる。
いくらアンジェリークが純で無知だからといって、これが何なのかぐらいわかる。
「ヴィクトール様・・・」
アンジェリークの体がビクリと震える。
「怖いか? すまんな・・・ 何もしないから安心して寝てくれ」
安心してって・・この状態では、いささか無責任発言のような気がするのだが、不器用なヴィクトールには精一杯な言葉だった。


アンジェリークは複雑だった。このまま温もりに包まれて眠りたい気もするが、一方では抱かれる事を覚悟していたので寂しくも感じていた。
腕の力が少し緩んだので、恥ずかしかったがヴィクトールの顔が見たくなり、アンジェリークは体の向きを変えた。
「わ!こっちを向かないでくれ。」
ヴィクトールの顔は真っ赤だった。少し赤らんだ顔は見たことはあったが、黒闇なのに、ここまで照れた赤い顔は初めてだった。
「くす。ヴィクトール様ったら。可愛い」
自分だけにみせる表情。それがたまらなく嬉しい。
「か?! あのな・・・俺みたいな男をからかって楽しいのか。まったく・・そんな事を言って、どうなっても知らんぞ」
「どうなるんですか?」
無邪気に聞くものだから反論出来ない。純粋とは時に最強だ。
――えへっ。さっきフッて笑ったお返し。 
アンジェリークがこんな事を思っているとは露知らず・・
「いいから、もう寝ろ!」
そう言って、ヴィクトールはアンジェリークの頭を拳骨で優しく叩いた。
やっぱり彼は自分を子ども扱いしている。アンジェリークは寂しくなって、縋りつく様に碧い瞳を潤ませヴィクトールを見た。
「そんな目で見ないでくれ。本当にどうなっても知らんぞ・・」
琥珀の瞳に優しい憂いの色が映るのをじっと見つめていると、ふいに顎に手がかった。
ヴィクトールは小さな唇に自分のそれを重ねる。出来るだけそっと。
まだ片手で数える程もしていなかった口づけに、さっきの無邪気な様子とは一変し、アンジェリークは体を固くした。
「俺は、お前が好きだから大切にしたいんだ。こうして側にいてくれるだけでいい。だから急ぐつもりはない。わかるな?」
「はい・・でも・・私も・・・ヴィクトール様が好きだから・・・怖くなんかないです」
「無理をしなくていい・・こんなに震えているじゃないか。とにかく今日はお互い疲れたから、寝る事にしような」
静かに抱き寄せ、ヴィクトールはアンジェリークの背中を何度となくさすった。安心したのか、すぐに小さな寝息が聞こえた。
――泣かせるような事はしたくない。お前を大切にしたいのは本当だ・・・だが、いつまで持つかな・・


優しい温もりを胸に抱いていると、よからぬ欲望が湧き上がり、己自身が更にはっきり意思を示す。
ヴィクトールは心の中で苦笑いをした。
男盛りなのだし、愛しいものを前にして、それは仕方がないこと。
しかし、お堅く、真面目なヴィクトールは何としてでもその思いを貫こうとしていた。


後日、そんな決心も、ものの見事に崩れ去ったのは言うまでもないのだが、それはまたのお話。


二人の時間がゆっくりと動き始める。初めての夜はもどかしい程に過ぎていった・・・・


――続く?――

***言い訳***
設定は表創作「毛糸の~」の続きです。挿絵がひどい落書きです(笑)
新婚ものなんですが、まだまだなんです。これは裏なのか?すいませんです。
これからそっち系になるので一応裏に置くことに決めました。
しかし、未遂というより、それ未満で終わってますね~(汗タラリ)
今後もかなりじれったくなる予定です。ヴィク様の我慢大会じゃないですよ(笑)

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