春眠暁を覚えず。
時は3月。
ここ暫く、随分と春めいた日々が続いている。
うららかな陽気のせいなのか、昨晩の帰りが遅かったためか、その日、ヴィクトールには珍しく朝寝坊をした。
今日は土曜。仕事は午後からの予定だったため少し気を抜いてしまったのだろうか・・・・
厚いカーテンが引かれてあっても明るく見える寝室。時計の針が指す数字。ヴィクトールは慌てて起き上がると、隣に目を向けた。アンジェリークもまた、すやすやと寝入っている。
「アンジェリーク・・・おい!もう9時だぞ。起きろ」
「う~ん。まだ・・眠いよぉ・・」
薄目を開けてもまだ焦点が合っていないようだ。潤む瞳によからぬ欲望が湧き上がってくる。
腹が減っていて飢えた狼になりそうだったが、朝っぱらからそれはまずいだろうと思い、ヴィクトールはからかって誤魔化すことにした。
「こら、起きないとお前を食べてしまうぞ」
「ひゃぁあ!?」
耳元での言葉と首筋をぺろっと舐められて、アンジェリークはようやく目が覚めたようだ。時計を見て飛び起きると
「こ、こんな時間~??遅刻です、ヴィクトール様!!ごめんなさいーー。どうしよぉーー」
と、取り付く島もないほど一人でキャーキャーと騒ぎ立て、キッチンに走って行った。
「くっくくくく」
ヴィクトールはそんなアンジェリークを横目に、まったく慌てん坊でしょうがないなと声を抑えて笑った。
昨夜も、遅くまで自分を待っていてくれた妻。今日は午後出勤だと告げていたのに、忘れてしまうほど相当眠かったのだろう。
彼女が春休みになって、使用人はたびたび休みを取るようになった。特に週末は。
だから家事の全部はアンジェリークがこなしている。
疲れた様子で、ベットに入った途端寝入ってしまったことを思い出して、またヴィクトールは笑った。
今度は柔らかく、愛おしげに目を細めて・・


あれから・・まるで夢のような一年が過ぎた。
穏やかで幸せな毎日。あっという間だった気がする。
彼女の心に悲しみの雨など降らぬよう
このままずっと、こんな平和な日々が続いたらいい。続いて欲しい。
ヴィクトールはそう願って止まなかった・・・


朝食を済ませ、新聞も読み終わったヴィクトールは、屋敷の周りだけでも軽く走ってくることにした。
朝、運動をしないとどうも体がしっくりいかない。
暖かな風と暖かな日差し。少し走っただけでも汗をかいた。
部屋に帰り、シャワーを浴びるため風呂場に向かうと、洗面所でアンジェリークが洗濯を始めていた。
かごの中にはもっさりと洗濯物が詰め込んである。
「今日は随分とたくさんあるな」
「いいお天気だから、冬物もシーツも色々洗おうと思って」
「そうか・・これも、いいか?」
「あ・・はい」
アンジェリークが振り返ると、裸のヴィクトールがトレーニングウェアとシャツを差し出していた。
「ここに置いておくぞ。」
ヴィクトールは、真っ赤になって固まっている彼女に苦笑いをして、広い洗面台の上にその服を置くと、腰にタオルを巻き、風呂場に入っていった。
アンジェリークは少しの間ぼーーっとしてしまった。シャワーの音にはっとして、やっと手を動かし始める。
何度も一緒にお風呂に入って、何度も抱き合って、彼の裸は見慣れたつもりなのに、ちっとも慣れない。
自分とは違いすぎる、逞しい体躯。あの腕にいつも抱かれているのだと思うと、無性に恥ずかしくなる。
そして、褐色の肌に刻まれた傷跡。今は辛くはなくなったけれど、改まって見るとやっぱり痛々しい。
今も傷が痛んだりするのだろうか・・
自分の前では、いつもにこやかな彼の心の奥を、知りたいような知りたくないような、アンジェリークはそんな切ない気持ちになっていた。


彼と暮らすようになって、もうすぐ一年。
優しさと包容力に見守られて過ごした日々。
幸せだった。
このまま・・ずっとこのまま・・
彼の心と体に、もう傷など出来ないように、
平和な日々が続いたらいい。続いて欲しい。
アンジェリークもまた、そう願っていた・・・


洗濯機の中に、洗濯物を全部入れ、ピッとスイッチを押す。
この間に掃除をしようと、アンジェリークは洗面所を出ようとしたが、シャワーから出て来たヴィクトールに呼び止められた。
「アンジェ、すまんがバスローブを取ってくれるか」
「あ、ごめんなさい。洗ってしまいました」
「じゃあハズタオルを頼む」
「こ、ここにあるタオルはみんな洗ってしまいました・・」
「・・そうか。仕方ないな。これでいいか」
アンジェリークの目は泳いでいた。
濡れた髪から滴る雫は、太い首から引き締まった厚い胸へと落ち、赤銅色に光ってとても艶っぽく見える。
雫が落ちていく先を下へ下へと辿ってしまい、はっとした。ドキドキとしてのどが渇いてくる。
ヴィクトールは腰に巻いていたタオルを取り、髪を拭き始めた。アンジェリークは思わず顔を覆った。
そして、この場から離れようとあたふたと言い訳を捜す。
「い、今新しいのおろして来ますから・・」
「待て・・わざわざいい」
「きゃ・・」
腕を強く掴まれた拍子に、アンジェリークはヴィクトールの胸に背中から倒れた。
「ハハ・・何をそんなに慌ててるんだ」
「あ・・慌ててなんかいません・・」
「そうか。なら、今何処を見ていたんだお前は。俺を見てその気になってしまったんじゃないのか」
「い・・いやぁ!!」
アンジェリークは真っ赤になり腕の中でバタバタともがいた。しかし、強靭な腕で押さえられていては身動きなど出来ない。
「ハッハハハ。冗談だ」
ヴィクトールは豪快に笑い腕を緩めたが、彼女を放そうとしなかった。
「もう・・・何だか今日はからかわれてばかりな気がします・・」
「気のせいだ」
腕に力がこもり、濡れた体がアンジェリークを包み込む。背中がとても熱い・・・
強張る様子に、ヴィクトールはそっと火照った耳元に唇を寄せた。
「アンジェ・・・」
囁かれた名前にぞくりと悪寒に似た感覚が体をかける。
「ちょ・・・あの・・ヴィクトール様・・・・」
「そんな目で見るな・・」
「え・・ぁ・・」
ヴィクトールは、振り返った瞳を見下ろして、顎に手を掛けた。
この体を熱っぽい目で見つめられ、そして今は、戸惑い潤んでいるアンジェリークの瞳。
そんな目をされたら、気持ちを抑えられなくなる。


ヴィクトールが唇を下げてきた。息を顔に感じるほど彼の顔が近づく。
アンジェリークは息を止め、無意識に目を閉じていた。
唇が優しく重なった時、アンジェリークは遠慮がちに彼の背中を抱いた。
濡れた肌で掌は滑り、力なくその腕はだらりと下がる。
甘い口づけ。頭の中は真っ白になり、アンジェリークの芯はすぐに柔らかくとけていく。
ふいに唇が離れた。
ヴィクトールは体を離し、少し躊躇った素振りを見せたが、せがむように首に細い腕がまわされていたことに気づき、ぐっと強く彼女の腰を引き寄せていた。
「そうか・・・」
低く呟いて、唇を押しつける。今度のキスは優しくはなかった。
激しく迫り来る舌が口の中をくまなく巡り、何度も何度も絡まり続ける。
二人の隙間からはアンジェリークの苦しげな嬌声と湿った音が幾度となく上がっていた。
ヴィクトールの掌が、服の上から乳房をすくい上げる。唇が首筋を強く吸い、胸元に降りて来た。
太い指先がワンピースの前ボタンを外していく。
そろそろ、アンジェリークが抵抗を示す頃か・・
ヴィクトールは頭の片隅でそう思ったが、拒まれてもこのまま止めるつもりはなかった。
何故ならば・・その答えはもう、わかりきったこと・・・


濡れた髪がひんやりと胸元に感じる。洗濯機が回るゴー―という音でアンジェリークは我に帰った。
今は家事の最中なのに・・・しかも朝なのに・・
甘味な快感に身を任せてしまった自分の振る舞いがはしたなく思い、慌ててヴィクトールの胸を押した。
「ヴィクトール様・・髪・・つ、冷たい・・風邪引いてしまいますよ・・」
「お前が全部洗ってしまったからな・・俺の髪が乾くまでつきあってもらうぞ」
「え・・・きゃぁぁ」
片腕で腰を抱えられ、体が浮いたと思ったら、広い洗面台の上に乗せられた。
二人の身長差では、ヴィクトールが屈むのは少し苦痛だった。
台はちょうどいい高さ。これならば彼女をじっくり味わうことが出来る。
ヴィクトールはアンジェリークの長いスカートをまくりあげると、すぐにストッキングも下着も剥ぎ取ってしまった。
ベットとは違いゆっくりとではなかった。少し荒々しい彼の手の動き。
それでも、心とは裏腹に何かを待ち望むようにアンジェリークの体はずきずきとした甘い痛みが更に大きくなっていた。
「あぁ・・いやぁ・・」
「これなら・・恥ずかしくないか?」
肩からずり落ちた彼女のカーディガンをヴィクトールは腰に巻いた。
けれど、彼の熱さがそれを押し返していて、かえって目が行ってしまう。
「そ、そういうことじゃないです・・」


目の前が真っ暗になるような恥ずかしさがアンジェリークを襲った。
嫌々と首を振れば、優しく頭を撫でられ、その安心感に、抵抗は簡単に封じられてしまう。
覆い被さってくる彼の体。熱で気が遠くなる。
既に開かれていた胸に、その頂に、ねっとり湿った舌が絡み付いた。
「あぁ・・」
その刺激で、アンジェリークの腰は跳ね、ヴィクトールの視線の正面に秘部をさらけ出す形となった。
脚を大きく開かされ、後ろに手をつくことでしか体を支えられない。
吐息が近づき、彼の唇が愛液の溢れた泉にゆっくりと吸いついた。指で花弁を広げ舌先がちゅるりと蜜を運ぶ。
「あっあっ・・だめぇ・・」
腰も、手をついた腕も力が抜けてしまい、がくがくとする。
アンジェリークはただ与えられる快感に必死に耐え、涙をこぼすだけだった。

しばらく花弁から泉の辺りを行ったり来たりしていたヴィクトールの唇が、やっと上に上がって来た。
ピンク色の小さな花芽に舌が絡まると、そこは真珠のように濡れて光っていた。
「うっうっ・・やめ・・あぁぁぁ!!」
舌の先端でいそがしく律動させると、すぐにアンジェリークはさし迫った声を上げ、上り詰めた。
「こんなの・・こんなとこじゃ・・いゃぁ・・はずかし・・ふぇ・・」
こぼれ落ちる涙をヴィクトールは唇で拭い、きゅっと震える体を抱き締めた。
「アンジェ・・すまん。・・もう止められん」
荒い息でそう囁き、アンジェリークの瞳を覗く。見つめ返す瞳は濡れて、充血している。
けれど、奥に揺らめく何かがあることをヴィクトールは見逃さなかった。


「ヴィクトール様・・・んくっっ!」
ヴィクトールは腰に巻いていたものを取り払い、秘口に昂ぶりをあてがった。先端を蜜で熱くぬめらせ静かに腰を進める。
最後まで進んで止まってた時、四方からの心地良い締め付けがヴィクトールを責め立てた。
それでもすぐには動かずアンジェリークの内部がほぐれるまで待つことにした。
「奥に当たるな・・痛くないか?」
「うぅぅ・・・・ん・・いたく・・ない・・」
腰をゆっくり大きく引く。けれど、アンジェリークの内壁はどよめき、ヴィクトールの動きを促してしまう。
ゆるゆると引いては進み、また引く。そんな動きを十分しないうちにアンジェリークは最初の頂点に達してしまった。
「・・・っ・・アンジェ・・」
奥からの熱と締め付けがヴィクトールの芯も痺れさせたが、うめいて耐え忍んだ。


「はふ・・はぁ・・はぁ・・」
「アンジェ・・俺につかまれ。そうだ」
後ろに手をついていた腕をヴィクトールは肩に導く。
アンジェリークは掴まるところがなくて辛かったため、健気に彼の肩に腕を絡ませた。
片腕で背中を支え、片方の手は両乳房を愛撫する。そして口づけを優しく繰り返す。
今度は彼の舌の動きがゆっくりだったためアンジェリークは喜んで受け入れた。
息が落着いた頃合を見計らってヴィクトールが動きを早めていく。
「あぁ・・当たるの・・」
「奥が・・いいのか?」
「あぁぁ・・だめぇ・・もう・・」
「・・・イク・・のか」
「もう・・イ・・・ちゃ・・て・・る・・の・・」
淫水の音と淫声が交じり合う。もう洗濯機の音などとっくに止まっていた。
ぼんやりとした意識の中でかすかに春の風と、鳥の声が聞こえている。
今が何時なのか、さっきまで何をしていたのか、そんなことは皆頭の中から消え、アンジェリークは必死に彼にしがみついていた。
とろとろに体が溶けて、何度も波に攫われそうになるのを必死にこらえるため、ヴィクトールの背中に爪を立てる。
そして、ふたりは淫情に身を委ね続けた。



ぐったりとした体は、ぴくりとも動かなかった。
そんなアンジェリークをソファに寝かし、ヴィクトールは、洗濯を干すと、ざっと一通り部屋の掃き掃除をした。
軍服を着て、アンジェリークの隣に座る。膝に彼女の頭を乗せ髪を撫でながら、
「また、過ぎてしまったな・・」
そう、ぽつりと独り言をこぼした。泣かせて腫れてしまった瞼にちくりと心が痛む。
「う・・ん・・・」
アンジェリークが目を覚ましたようだ。気が付くと、髪もきちんと整った将官服のヴィクトールが困った顔で自分を見下ろしていた。
「アンジェ・・」
「・・わたし・・?あぁぁぁ?!!遅刻してしまいます、ヴィクトール様!!・・・そ、そうだ。お洗濯!」
慌てて捲くし立てて飛び起きようとした体をヴィクトールは労わるように抱き締めた。
「洗濯は俺がしておいた。ほら・・」
指を指した窓の外。バルコニーで揺れるシーツがリビングに大きな影を作っている。
「ご、ごめんなさい、ヴィクトール様。私・・」
「いや、謝るのは俺だ。今日は随分と辛くさせてしまったな・・すまん」
「・・・いいの・・だって・・ずっと・・だから」
そうなのだ。相変わらずヴィクトールの仕事は忙しい。大きな仕事が終わったと思えばまた次がやってくる。
だから抱き合うのはそう頻繁ではなかった。寂しさを埋めるようにお互いを求めてしまうのは仕方がないこと。
「今夜も・・いや、今夜はもしかしたら泊まりこみになるかも知れん」
「え・・そう・・ですか」
低い声にアンジェリークはしゅんと下を向いた。俯いてしまった頭にグレーの手袋がふわりと乗る。
「アンジェ・・・これをお前に・・」
「あ・・・」
「俺が作ったものだから美味いかわからんがな。」
照れて手渡されて物は、小さなお菓子のようだった。
「ヴィクトール様・・これは・・・」
「ああ・・・・マシュマロだ。今日はホワイトディだろ?よく知らんがそれがお返しだと聞いたからな。お前の菓子づくりの本を見て作ってみたんだ。」
さっきの激しい彼とはまるで違う、穏やかな微笑みにアンジェリークの頬は染まった。
「お忙しかったのに・・何時作ったんですか?」
「昨日の朝だ。お前に気づかれやしないかと冷や冷やした」
そういえば昨日の朝起きた時には、既にヴィクトールが朝食を作っていた。その時なにやら甘い匂いがしたのを思い出す。
「あ、ありがとうございます。嬉しいです」
「こらこら。泣くことがあるか」
「だって・・・・」
ヴィクトールはアンジェリークの頭を何度か撫でると、早々に立ち上がった。
「そろそろ行くか・・。家事、頑張りすぎて疲れないようにしろよ」
「はい・・・」
もじもじと大人しくなってしまったアンジェリークにヴィクトールはまたからかい癖が出てしまったようだ。
「マシュマロって菓子はお前の胸みたいだな・・」


・・・・・・


「え・・えぇぇぇ??ちょ・・それってどういう意味ですか?!!」
「さあな。じゃ、行ってくるよ」
頬にキスを一つ。
ヴィクトールは笑いながらも、颯爽と仕事に出かけていった。
アンジェリークはよろよろとした体を起こして、バルコニーから彼の車を見送った。
クラクションを一つ鳴らしてヴィクトールが合図する。
まるで新婚当時と変わらぬやり取だった。


さわさわと暖かな風がカーテンを揺らす。ソファーでくつろいでいたアンジェリークはもう一度安らかな眠りに落ちていった。
その手には小さなカードがしっかりと握られている。


――アンジェリークへ――
来週休みを取った。少し早いが、記念日を二人で祝おう。
                    **ヴィクトール**


「ヴィクトール様のエッチ・・でも・・大好き」
ふたりに2度目の春がやってくる。幸せを再び連れて来る。
春色の砂糖菓子のように甘く、そしてふわふわと。


――おわり――

***言い訳***
何気ない日常からでも書いてみようと思ったんですが、何処が何気ないんだかわかりませんね
裸でせまるなオヤジ!で、最後むりやりホワイトディに持ち込みました・・・
・・・これを書いた当時、お返しはマシュマロ(純白な愛)で包んで・・・という意味合いがあって流行っていた気がしたんですが
今は「嫌い」という意味もあるらしいです・・; ちょっとショック。以前の設定ということでお願いしますっっ

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