3.お背中流します
この日、ヴィクトールが帰宅したのは6時半。彼にしては超早い時間帯である。
もちろん本日の仕事は、ばっちり片付けた。多少・・かなり無理をしたが、可愛い妻とラブラブになるまではエンヤコラなのだ。
ヴィクトールは玄関まで迎えに来てくれたアンジェリークを抱き寄せ、額に軽くキスをした。
ここは今朝と同じ。あの時、彼女にせがまれたにもかかわらず、唇にしないところがまたじれったくもあるのだが、照れ屋なので仕方がないのだ。
いや、違う。今の彼にとってそれをしたら、自分を止められなくなってしまうからなのである。
「ん?随分高価なものが置いてあるが、どうしたんだ?」
部屋に帰るとサイドボードにはあまりに眩しい置物が飾られていたので、嫌でも目についたのか、ヴィクトールは聞いた。
「あ・・それは、ジュリアス様からの贈り物です。全て金で出来たライオンだそうですよ」
「ライオンなのは見ればわかるが・・・いったい・・・・?」
アンジェリークは今日届いた贈り物の話をした。もちろん”あれ”の事は誤魔化した。
新婚初っ端から隠し事をするなんて、かなり良心がとがめたが、ここは黙っているのが得策だろう。
「そうか、過分なことだな。しかしどこで御分かりになったんだろうな。まあ、あの方達にご存じない事はないか。レイチェルも元気で頑張っているようでなりよりだな」
教え子の成長振りにヴィクトールもご満悦のようである。聖地での懐かしい日々に見を細めている。
「そうそう、ヴィクトール様への贈り物も幾つかありますよ。そのライオンもそうですし、オスカー様からはお酒・・ですね。うんとそれからランディ様からはスポーツウェアです。」
ヴィクトールは嬉しそうにそれらを眺めていた。個人個人何をくれたかはいちいち聞かなかったので、アンジェリークはホッとして、もう一つの品を見せた。
「あの、ヴィクトール様、これ♪お揃いのパジャマを頂いたんですけど、今日着ませんか?」
顔を赤らめて嬉しそうに言うアンジェリークに、ヴィクトールは困ってしまった。
―――今時期、俺はそういうものは着ない主義なんだが・・・ 話していいものか
「その、せっかくで悪いんだが・・・・・俺は冬場以外寝る時服は着ないんだ。暑がりだからな。昨夜は何とか我慢したが(我慢違いでもある)・・・あ、・・・もちろん下は着ているぞ。」
(下とはパンツの事ですの。それと、軍服は暑そうなのになぜだーーーーというのは置いといて下さいね)汗
それを聞いてアンジェリークは何を想像したのか、真っ赤になった。
―――しまった~ だが言ってしまったものはしょうがない。いきなり驚かすより口で言っておいたほうがいいだろう。
「・・・・せっかく・・あ・・いえ・・それなら仕方ないですね」
しかし、そんな言葉と共にアンジェリークの顔がみるみる悲しげな表情になっていった。もしや乙女心を傷つけたのか?
「いや・・・し、しかし、薄い生地だな。これなら大丈夫かもしれん。ご好意を無視するなんてあまりにも無礼だからな。ありがたく着るとするか
「でも・・・・ご無理なさらなくても・・・」
ヴィクトールは大慌てでフォローし、この場は何とか収めたのだが―――
それから、何となく気まずい雰囲気のまま食事をする二人。
「お前の手料理は本当に美味いな。・・・・・ん?どうした。あまり食べていないようだが。何処か具合でも悪いのか?」
さっきのこともあり、俯いたままの妻に、ヴィクトールは心配になった。何処か疲れているようにも見える。
「あ・・いえ。あまり味見ばかりしてたので、ちょっと胸が・・じゃなくてお腹かいっぱいのような気になってしまって・・・」
「それならいいんだが。疲れがたまっているんじゃないのか。荷物の片付けと洗濯に料理まで・・昨日の今日で大変だったろう。今夜は早く休め」
ヴィクトールは、慣れない家で一生懸命家事をしてくれた事を労って言ったつもりだったが、更に悲しい顔をさせてしまったようだ。
―――マズイな、どうする?!!
いつもは裸で寝ているなどと聞かされ、アンジェリークは食事中、昨夜ヴィクトールに抱きしめられた時の事を思い出していた。
もしあの時彼が裸だっら?そして今夜はまさにそうなるの?
そう考えたらドキが胸々になってしまい、食事が進まなかったのだ。それはそれでよかったのだが、次の言葉がいけなかった。
――心配してくれる気持ちはとても嬉しい。お揃いのパジャマも諦めた。でも、今朝「わかった」ておっしゃって下さったから、心の準備をして待っていたのに、早く休めだなんて・・・そんな・・・
帰宅時はラブラブだったのに。ここへ来て、些細な事ですれ違うお互いの気持ち・・・・
無言のまま食器を洗うアンジェリークの横で、ヴィクトールはちらっと様子を伺いながら、さりげなく皿を布巾で拭く。
アンジェリークを大切に思いすぎて、空回りなこの不器用男は次にどうするのだろうか。
「アンジェリーク・・・その、俺はどうも無神経で、お前の気に障ることを言ってしまったようだ。すまん」
アンジェリークは大きく首を振ったが、目を合わそうとしなかった。
食器の片付けが終わったので、ヴィクトールはアンジェリークの肩を後ろからそっと抱いた。
誤る気持ちと、これで拒まなかったら怒っていないのだと確かめるために・・・
アンジェリークは一瞬ビクリとなったが、振り返り胸に抱きついた。それに驚くヴィクトール。
「ヴィクトール様・・・・大好き・・・」
「????」
思ってもいない言葉に更にヴィクトールは驚いたようだった。胸の鼓動の速さでそれがわかる。
こんな彼だからこそ好きなのだ。気遣ってくれるところ、不器用な愛情表現・・・
そして意外と・・いや、結構ナイーブなのも忘れるところだった。
ただ少し寂しくなっただけ・・・
アンジェリークは精一杯手を伸ばして広い背中に腕をまわした。
「アンジェ・・・・ よかった・・・」
ヴィクトールは彼女の気持ちを察したのか、安堵の声を漏らし、優しく抱きしめた。
―――どうやら俺の考えている事を実行に移せそうかもな。
と、すぐ調子に乗ったりもするのだが・・・ 実際はうまくいかないものである。
一先気まずい雰囲気を脱する事が出来た二人は、リビングのソファーでくつろいだ。
ヴィクトールは貰った銘酒を片手に新聞を。アンジェリークは読書。時々目が合っては二人は微笑み合った。もちろん頭の中はお互い同じ事を思い巡らせていた。
「あの・・ヴィクトール様。今日はこっちのお風呂に入ってくださいね。もう沸いてますから」
「あ・・ああ。ありがとう」
着替えを渡され、その手が触れた時、ヴィクトールはよせばいいのに言ってみた。
「一緒に入るか?」
案の定、アンジェリークは真っ赤になって反論した。
「またそんな冗談おっしゃって・・・からかわないで下さい~~(///」
「ハハハ。お前のそんな顔を見たくてついな。すまん、すまん」
―――事にいたる前ではやはり恥かしがってダメだろうな・・・その前にこの体を見せて受け入れて欲しかったんだが・・・。
直前になって怖がらせてしまったらかわいそうだ。拒まれたら俺も辛しな・・
昼間考えていた事も見事失敗に終わったか・・・まあ、別にいいのだが・・
可愛いアンジェと一緒に風呂に入りたいというのは、実は前から思っていた。
それはさて置き、本人はそんなつもりはなかったのだろう。大きな背中を丸くして、風呂場に向かう、とっても寂しそうな後姿を見たアンジェリークは、冗談ではないことに気づいてしまった。
思い込みの激しい彼女がとる行動はただひとつ。
――ヴィクトール様の背中、とても寂しそうだった。望んでいるのならそうしなくちゃ。夫婦が一緒にお風呂に入るのは当然よね。 いつかはって私も思っていたもの。
アンジェリークは自分にそう言い聞かせた。
恥かしいくせに、後先も考えないで・・・ どうしてこうやる事が突拍子もないのであろうか・・・
バタン
お風呂のドアが閉まるのを聞いたアンジェリークは、ものすごい決意をして服を脱ぐと、細い体にバスタオルを巻きつけた。
胸がないので、すぐにずり落ちそうだったが、先端をしっかりと止め、ドア越しに消え入りそうな声で言ってみた。
「あの・・・・お背中流しましょうか・・・・」
カチャ
体を洗おうかという時に、何やら声がしたと思ったら、半分ドアが開く音にギクリとした。ヴィクトールは、慌てて腰にタオルを巻く。まさかとは思いながらも振り返ると、そこには胸元をしっかり腕でおさえたタオル姿のアンジェリークが立っていた。
―――な、ななな何だ?!!! 待て、俺は十代の若造か? この程度でうろたえてどうする。
落ち着け。ここはどっしりと構えなくては。
「アンジェリーク、背中を流してくれるのか?ありがとう。じゃあ、頼むとするか。しかし、冗談を本気にするなんて、お前らしいというか、何というかだな・・ハハハ」
自分で種をまいておいて・・・動揺を笑って誤魔化すこの男。
アンジェリークは俯いたまま、そろりそろりと近づいた。目をぎゅっと閉じて、筋肉質な堅い背中にそっと触れ、躊躇うようにスポンジを動かす。
ビクッ・・ビクッ
そのたびにアンジェリークの手と体は酷く震えているのがわかった。初めて男の肌に触れたのだ。そうなるのは当たり前なのだが・・・・
その様子に、いたたまれなくなったヴィクトールは、からかったことを後悔した。
「・・・・・アンジェ・・・もういいよ。からかったりして悪かった」
アンジェリークは首を振っているようだった。
「だって、夫婦だから・・・私もヴィクトール様と一緒にお風呂に入って、お背中流して差し上げたかったから・・・」
懸命に告げる小さな声。あまりの健気さに罪悪感と愛しさが同時に込み上げる。
――俺は大切にしたいなどと言って、向き合う事から逃げてたんだな。彼女の一生懸命な気持ちを踏みにじるところだった。
もう、誤魔化すのは終わりだ。
ヴィクトールはいいかげん行動に移すことに決めた。
「アンジェリーク・・・・よく見てくれ。怖くはないか?」
ヴィクトールはアンジェリークの方に身体の向きを変えると、目をそらすように横を向きながら聞いた。
「・・・・・」
「正直に言ってもいいんだぞ」
アンジェリークは恥かしかったが、しっかりと目を開けてヴィクトールを見た。
浅黒く逞しい身体には惨い傷跡が幾つもあった。思わず息を呑み、目を背けてしった。
それは自分の知らない、彼の過去の痛みを見せつけられたようで、辛くて胸が痛くなった。
触れたくても手が震えてしまう。けれど・・・決して怖いわけではない。
「ヴィクトール様・・怖くはありません。本当です。・・でも・・ごめんなさい。・・・辛いです」
ヴィクトールは触れようとして途中まで伸ばされた手を握った。
「それ以上は無理をしなくていい。お前に受け入れてもらえただけでいいんだ。正直に言ってくれてありがとう。」
――もしかしてヴィクトール様はこの傷跡をちゃんと見て欲しくて冗談交じりでお風呂に入ろうなんて言ったのかも。自分を曝け出すために・・・私を恐がらせないために・・・?いやだもう。
アンジェリークは彼の胸に抱きつこうとしたが、既に後ろを向いて髪を洗っていた。
「くす」
「見たりしないから、お前も早く洗えよ」
ヴィクトールの背中は、とても照れているように見えたのだった。
それから二人は背中合わせで身体や髪を洗った。アンジェリークがタオルを身体に巻きつけるまで後ろ向きのまま待つと、ヴィクトールは彼女を抱き上げ、広い湯船に入った。
「キャ」
その体勢のまま、膝の上に乗せると、すぐに後ろから抱きしめる。
ヴィクトールは、白い滑らかな肩と細いうなじに思わずむしゃぶりつきたくなったが、そこはぐっと我慢して、もう一度彼女の心をうかがった。
「本当に・・・いいか?俺はもう、お前を抱きたい気持ちを抑えたりしないぞ」
アンジェリークは耳を真っ赤にしながら頷いた。
その耳が可愛くて、ヴィクトールは、耳たぶを唇で優しくなぞり、甘く噛んだ。
今朝つけた印に指先でそっと触れてみる。気づいたのか、アンジェリークは首まで桃色に染めて、身体をくねらせた。
「ん・・・ぁ」
ゆっくりと首筋に口づけながら、肩のラインまで唇を降ろしていく。そのたびにぴくりと震える肩。微かに上がる声。アンジェリークのきめ細かな肌は敏感で感じやすいようだ。
「アンジェ・・・」
顎に手をかけ、唇を奪おうとすると・・・
「・・・ぁ・・の、・・・のぼせちゃうから・・そろそろ上がりたいです」
そんな言葉が寸前の唇から聞こえた。
「そうか・・」
ヴィクトールは心の中で舌打ちしたが、夜はまだ始まったばかり。なにも急ぐ事はないなのだ。
そして、真っ赤な頬にそっと口づけると掠れた声で囁いた。
「続きはまた後でな・・・」
聞き慣れない甘やかな声に、アンジェリークの胸は飛び上がるほどに躍った。
ドッキ・・ドッキ・・ドキドキ・・・・ やだどうしよう・・・
アンジェリークは一人洗面所で着替えをし、髪を乾かした。今更ながら、自分のとった大胆な行動に顔がら火が出る。勿論これからの事を考えても、ドキが胸々状態なのだが、ふいにある不安がよぎった。
―――私・・・変わって・・しまうのかな・・。女になるのって・・・どういうことだろう。
やっぱり痛い・・・んだよね。血とか出るかも・・・・昨日も思ったげど、さっき、お尻の辺りではっきりわかった。堅くて大きい(///) ・・・・あれが?
レイチェルの手紙ではすべてヴィクトール様に任せていればいいって書いてあったけど・・・ をい
あの本を少し読んでおけば・・・・ よかったかな (よせ)
あーダメ。緊張しちゃうーー。
頭の中がこんがらかる。心の準備は出来たつもりでいたが、募る緊張感はぬぐえそうもなかった。
さて、ヴィクトールは何をしているかというと・・・
アンジェリークが服を着るまで待つ間、風呂の栓を抜いて、掃除なんかを始めていた。
火照った身体と逸る思いをいったん静めるにはちょうどよかった。
あのままいったら理性をとどめておけるかわからなかったのだ。
無論この歳だし、昔の事だが、経験はある。しかし、まっさらな処女を抱くのは実は初めてなのである。
―――まいったな。俺は本当に若造みたいだな・・ まあ、まだ若いってことか・・
ごしごしと浴槽を洗いながら、静まるどころか更に主張して止まない己に苦笑いをした。
――初めが肝心なんだ。あまり辛くさせて恐怖心を植え付けてしまうようなことになったら大変だ。なるべく時間をかけて不安を取り除いてやらなくてはな。
そして、愛し合う事は素晴らしいんだと教えてやらなくてはならん。
などとヴィクトールはぶつぶつ&黙々と考えた。
――明日ここに入る時はあのタオルが取れているといいんだが。今度は俺があいつの細い背中を・・・
「わ!」
そんなことを思ったら・・・・ もう書きません
そろそろいいだろうと、風呂場を出たヴィクトールは、平静を装うようにしてバスローブをサッとはおった。
「なんだ。貰った寝間着は着ないのか?また寒くなるぞ」
フッとアンジェリークに目をやると、昨日と同じスースーするバスローブ姿だったので、ヴィクトールは何気なく言ったつもりだった。すると・・
「えっと・・・着る時は一緒がいいし・・・」
もじもじしている。
「今夜は・・・あの・・・・・・だって・・・・」
口ごもって真っ赤になっている。
「?」 ←鈍い
「ヴィクトール様が温めて下さるから・・・これがいいんです」
そのか細く甘えるような声に、今まで抑えていた愛しさと熱情が弾けた。
ヴィクトールはアンジェリークを力強く抱き上げると、濡れた髪もそのままに大またで寝室へ向かった。
「キャア・・・あの・・・ヴィクトール様・・・髪が・・まだ・・」
「そんなものは俺の熱ですぐ乾く」
さてさて。二人は無事に本当の初夜が迎えられるのだろか・・・
まだまだ前途多難?・・・かもしれない。
――続く?――
うーむダメダメ(笑)本当にここのコメントは言い訳オンリーになってます。
ヴィク様は更に情けないし、アンジェに全て助けられているという・・・
いつか立場を変えて差し上げたいです。次<難産になりそう(;;)