恋人同士になった二人は、毎週、日の曜日には、密かに逢瀬を重ねていた。
柔らかく微笑む天使のような少女。
ヴィクトールは幸せな気分で、そんなアンジェリークを見つめる。
しかし、夢のような時間は、いつも、瞬く間に過ぎてしまうもの。
何時しか空は緋色に染まり、冷たい風が森の湖を吹き抜けた。
そうすることが当たり前になったかのように、
ヴィクトールはアンジェリークに上着を掛ける。
そっと胸に引き寄せれば、見上げてくる瞳が寂しそうに揺れて、
別れの時間が近づいたことに、ヴィクトールはやっと気づくのだった。


「ここへ来るのは、もう最後だな・・・」
そう呟けば、少女は思いつめたように、きゅっと胸の前で掌を結んだ。
ヴィクトールはその手に、そっと自分の手を重ねる。
アンジェリークが目を伏せると、一筋の雫が頬を伝わり、落ちていった。
夕日に光るその涙。今まで見たどんなものよりも、綺麗で・・・
ヴィクトールは、吸い寄せられるように唇を寄せた。
柔らかな少女の頬が赤く染まる。
愛おしさが溢れて、ヴィクトールは言葉より先に、アンジェリークの唇を塞いでいた。
甘い酔いに似た感触。忘れていた何かを思い出す。
「・・好きだ・・」
伝えたくて一瞬だけ唇を離す。
小さな頬を両手で包み、もう一度。ヴィクトールは、想いを込めて重ね合わせた。
それは、二人初めてのキス。
触れるだけの優しい口付けだった。


肩を寄せ合い、二人は帰り道を歩いた。
触れ合った余韻がまだ唇に熱い。
アンジェリークは、指で自分の唇を辿る。
その仕草に、ヴィクトールは切なげに目を細めた。
「このままお前を帰さない・・」
「はい・・・」
すぐに返る答えに苦笑して、ヴィクトールはアンジェリークを抱きしめる。
本当に、このまま少女を何処かに攫ってしまいたい。
ヴィクトールはそんな衝動に駆られるのだった。


学芸館まで戻り、ヴィクトールは初めて私室に少女を呼んだ。
もてなせるものといったら、苦いコーヒーしかない。
二人は寄り添い、それに口を付けることもなく、
ただ、カップから立ち上る湯気を見つめていた。
言葉のないまま、時は過ぎる。
やがて湯気は消えて、辺りは薄闇に包まれた。


「もう、こんな時間か・・」
腰を上げるヴィクトールに、アンジェリークはしがみついた。
「・・・茶を入れ直すだけだ。何処にも行かん」
それでも離れたくないらしく、服の裾を掴んで来る。
「・・俺は、お前を離すつもりはない。これからもずっとお前の側にいる」
その言葉に、少女がふわりと笑う。
ヴィクトールは、その消えてしまいそうな淡い微笑みに、一瞬で魅入られてしまった。
服の裾を掴んでいた手は、いつしかヴィクトールの肩の上に乗っていた。
「大好きです・・・」
アンジェリークが懸命に告げる。
か細く震える声に、ヴィクトールは少女から口付けられたのことに、
その時、ようやく気が付いた。


羽のように触れた少女の口付け。もう一度その感触を確かめたくて、
「・・・もう一度、してくれ」
そう告げる。
いつもは、見下ろし見上げる互いの顔が側にある。
膝を立てる小さな少女の体。
ヴィクトールは、そっと腰を支えて、引き寄せた。
ちゅっと触れる。
顔が綻んでしまうほど、可愛いキスをアンジェリークはくれた。


「お前は、俺が帰さないと言った意味を、この部屋に呼んだ意味をわかっているのか?」
「・・・・」
ヴィクトールは、思わずからかいたくて、そんなことを聞いていた。
案の定、真っ赤になり俯く少女に、ため息をつく。
けれど。
「・・・私・・もう、子供ではありません・・・」
アンジェリークは訴える。
それ以上のキスを知らないのだろう。ただ、唇を押し当ててくる。
反ってそれが可愛くて、ヴィクトールは雄の欲情に支配されそうになるのを必死に抑えた。


「そうか。それなら・・」
本当のキスを教えるように・・・
そのまま、ヴィクトールは口付けを続けた。
少女の輪郭を舌でなぞる。
下唇を挟んで、何度も啄ばむ。
開いた唇から舌を差し入れれば、驚いたようにアンジェリークの体は震えた。
小さな口内をヴィクトールの舌が弄る。
すぐに見つけた薄い舌。ヴィクトールは、怖がらせないように、ゆっくりゆっくり絡ませる。
アンジェリークの蜜は甘く、蕩けるほどにヴィクトールを酔わせた。


「ん・・・ふっ・・・」
漏れる吐息も逃したくない。
自分の口内へと少女の舌を誘う。
絡ませては戻り、貪るように這いめぐらせる。
どちらのものともわからない蜜が、二人の唇の端から流れていく。
静寂の中に、湿った音だけが響いて、何時しかヴィクトールの理性も飛んでいた。


ヴィクトールは、アンジェリークの体を抱き上げた。
少女の胸の鼓動に気づかぬふりで、奥の寝室へと向かう。


そして・・・少女は愛しい人の腕の中で、大人になった。
「お前はもう、俺だけのものだ・・・ずっと離さない」


日の曜日はもう来ない。
逢瀬の時はもういらない。


これからは、いつでもキスを出来る距離に二人は居るのだから。

 
――END――

*イメージイラスト
kiss.jpg

お題の「キス」は2パターン仕上がりましたが、こちらはおまけです。
これ、イラストだけ先に出来ちゃったんです。
SP2の二人でキス絵をどうしても描きたくなってしまって。
しかし、絵と文が合っていない気が。絵も文も、思いっきり表仕様ですみません。

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